親 愛 な る 君 に 告 ぐ 、

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ちらりと男を見上げる。
先までの愉しそうな表情が曇る。
ぺきん、と厭に軽い音がして右手の中指がおかしな方向に湾曲する。
いたい、と感情の籠らない声で言えば、男はまた顔を歪めた。其れは其れは不愉快そうに。
その忍にとって死に直結することのない痛みなど無意味だ。
逃れる意味も、その必要性や足掻く理由も恐れる価値もない。そして喜ぶ道理もない。
言外に告げる視線が男を虚ろに射る。
乾いた視線が酷く不愉快で、男は脇腹を蹴り上げた。
呻くこともしない。



「貴方には可愛げ、と言うものが無いようですね。」
「ハハ、…言い得て妙だね。」



そんなもの、俺様には不必要だしねえ。
忍は血混じりの吐息で嘲った。
自分が嘲りの対象であるわけではないのに、男は苛立った。
余裕が滲む男の無表情が剥がれ落ちる。
泣いてやめてと懇願してくれればまだ可愛げがあるものを。
舌打ちが苔と緑の匂いに充満した空気に融ける。
苛立ちに任せ、手にした大鎌を振り下ろす。
しなやかな太腿から鮮血が流れる。しかし、やはり忍は形のいい眉を少し歪めただけだった。



「これって拷問?」
「いいえ。」
「じゃあ、何?」



趣味、ですかね。
男は不機嫌に吐き捨てる。
ぽつん、と降り始めた雨に言葉が籠る。
耳元で共鳴する音が耳鳴りのように頭を揺らす。不快指数が一段とあがる。
これでは全くもって娯楽にならない。
まだ戦場で使えない足軽を斬っている方が愉しい。



「悪趣味、だねぇ。」



溜息とも嘲笑ともつかない短い吐息を吐き出す忍の側頭部を殴りつける。
苛立ちなのか、不快なのか。もう男にはわからない。
愉しみを邪魔されたことに対する憤りのようなものが沸々とわき上がる反面、その整った顔に張り付く軽薄で強固な仮面を剥がしてやりたいと言う願望がどろりと流れ落ちる。
乱暴に掴んだ細く白い首はひくりとも動揺を映さなかった。
長い爪を立てるように力を込めれば、忍の猫のような目がゆるり、弧を描く。

(本当に可愛げの、ない…!!)

焦りに唇を噛む。



「ねえ、俺様これでも忍頭な訳。」
「そんなこと、私の知ったことではありませんよ。」
「何回も死にかけてるし、拷問に遭ったこともある。」
「貴方の過去など、興味ありませんと言っているんですよ。」



黙っていてください、と気道を圧迫すればひゅ、と無様に生を貪る音がした。
其れに少しの満足を感じた男の口元が歪な笑みに歪む。
気付いた忍は鉄鋼の手甲に覆われた侭の左手を緩慢な動作で持ち上げる。
尖った爪先が男の不健康な指に触れた。










「アンタ、は、俺様じゃ、満足でき、ないから、諦めなよ。」

「五月蝿いですよ。」










ぎりぎりと力を込める。
言われなくてもわかっていた。
きっと、このまま絞め殺そうとも、鎌で一思いに切り裂こうとも。
この忍は命乞いどころか、悲鳴の一つもあげないだろう。
己とは真逆の願望が、色素の薄い虚ろな瞳の奥に横たわっていることくらい。
言われずとも気付いている。



「不愉快ですね、貴方は。本当に…玩具にもなりやしない。」



忍の眸はもう男など映していなかった。
その背後に迫る何者にも穢されない『死』だけを見詰めている。
歓喜と興奮が犇めく眸で。
男の背を、とうの昔に忘れたはずの恐怖が駆ける。
人外の者を相手にしているような気分だった。掌に脂汗が滲む。
幾ら死を覚悟していると宣ったとて、いざ死を目の前にすると誰しも畏怖に慄き、生を懇願するもの。
少なくとも男が今まで殺めて来た幾多の人間どもはそうであったと言うのに。この忍は。
怖気に体が震え、首を締める手が、噛み締めた奥歯が。がたがたと無様に震えた。





忍の薄っぺらで人を喰ったような笑みだけは終始剥がれ落ちることがなかった。


End

死にたい人間相手じゃ光秀も形無しってやつですか。


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