最後の客を送り出したのは夜中の1時を過ぎた頃だった。
時間的にもそろそろ閉めるか、と元親は洗ったグラスを拭きながら考える。
元親はこのちいさなバーのオーナー兼バーテンダーである。
小さな店ながらも、元親の酒好きと元来研究熱心な性格から、うまい酒と肴をだす店としてそれなりに繁盛していた。
指紋一つなく磨き上げたロックグラスを棚に片付け、カウンターを拭いた元親がCloseの看板を出そうと、店の出入り口である扉に近づいたその時、扉が外から開いた。
唐突に開いた扉の向こうには小柄なスーツ姿の男が立っていた。
「もう閉めるのか?」
「いや、アンタで最後の客だ。」
悪戯っぽく肩を竦めた元親はその客を店内に招き入れてから、扉に掛けていた札をCloseに返し、自分もカウンターの内側に戻った。
手にしていたビジネスバッグと黒のトレンチコートを空いているスツールに置いた男は、店の一番奥、端のスツールに腰掛けた。
暖かいおしぼりを手渡した元親は今日は何を?とオーダーを取る。
「任せる。強い物が飲みたい。」
はいよ、と答えた元親は背中のボトル棚を振り返る。
色とりどりのボトルが並んだその中からカルーアとアドヴォカートを出し、カウンター裏に置いた冷凍庫からホワイトラムを出す。
目の前に座る男は時折この店を訪れ、一人で静かに飲んで帰る、いわば常連のようなものであった。
たいていは香りのきつい洋酒やブランデーなどを舐めるように飲んでいる。
オーダーされるカクテルは甘いものが多く、甘党なのが伺えた。
棚から出したよく磨かれたカクテルグラスに真っ赤なグレナデンシロップを注いでから、出したリキュールを手際良くシェーカーに入れていく。
カウンターに両腕を置いた男は、常のようにそれを見るとも無く眺めていた。
元親がゆっくりとシェーカーを降り始める。
小気味よい音と共に、磨き込まれたステンレスが青白い店内の照明を反射して、光の軌跡を描く。
かちゃ、とシェーカーを止めた元親は中身をカクテルグラスに注いだ。
元親が差し出したそれを受け取る指先はやはり白く、水底を思わせる青い照明を反射し、死人のように無感情に底に溜まった真っ赤なシロップをかきまぜた。
赤を纏い死神の指先となったそれを、あかい唇が舐めた。
「アンタ、いつも一人だな。」
「他人など、馴れ合うだけ面倒なものよ。」
いつもかけていアップテンポのテクノのCDを止め、自分しか店にいないときにかける緩いジャズをかける。
嘯く凛とした横顔に浮いた寂寥には、気づかなかったふりをして、冷蔵庫からハイネケンを出し、そのまま口を付けた。
苦みのない薄味が、緩やかな炭酸と共に喉を滑り落ちていく。
元親はそれを飲み込み、小さく息を吐いた。
男の細い視線が元親の黒いカッターシャツの上を滑る。
「の、割にはさみしがりっぽいな。」
「誰が…」
「素直じゃねぇなぁ。」
男の白い指先がカクテルグラスの細い脚を握り、残っていた酒を一気に煽る。
眼前にさらされた華奢な喉仏が上下するのを苦笑とともに眺めた元親は、男が置いたグラスを下げながら唇を笑みに裂いた。
「ここは、あんたを拒んだりしねぇ。」
ちがう、とさらりとした栗毛が揺れる。
「もちろん、俺も。」
カウンターに肘をついていた男の上体が傾ぐ。
そのまま突っ伏した男の前に水のグラスを置いた元親はハイネケンを飲み干して、グラスを洗った。
End
ただシェーカーを振る長曾我部が書きたかったというか…