- 逢える時間が少なく、それを申し訳なく思っていた小十郎の『一緒に暮らそう』の一言でこの部屋に引っ越して数年。
またこの季節が巡ってくる。
カーテンの隙間から差し込む光が佐助の端正ではあるが決して女々しくはない顔に掛かる。
寝癖のついた髪を掻き上げ俯せに寝ていた体をもぞもぞと動かせば作り物ではない生身の温もりが背中に触れた。
エアコンに湿度を奪われた乾いた空気が寝間着代わりのタンクトップから覗く白い腕を撫で、佐助は薄らと目蓋を開く。
隣には昨夜眠るときにはなかった筈の恋人の姿。
頬に掛かる普段はきっちりと撫で付けられている前髪を僅かばかり遠慮がちに退ければ、物騒な傷痕。
愛しさに弛む顔は敢えて取り繕わない。
傷跡を撫でれば漆黒の睫毛が縁取る瞳がぼんやりと開いた。
「おはよ。仕事は?」
問えば無言で抱き寄せられる。
どうやら休みを取れたようだと佐助は安堵の溜め息を小十郎の逞しい腕の中で吐く。
小十郎が勤める企業はこの時期、決算があるため仕事量が一気に増える。
元より責任の大きい立場の小十郎はこの時期、残業と早出を繰り返すことになる。
そのため、一緒に住んでいるとはいえ、殆どすれ違いの生活になってしまうのは致し方ないと言うものだ。
一人寝を寂しく思いこそすれ、それを女々しく責め立てることを佐助はしなかった。
そして小十郎は使い得る限りの時間ををもって佐助に惜しみない愛情と深い感謝の意を全力で伝えた。
そうしてこれまでふたり過ごしてきた。
ふと重たい目蓋を持ち上げた小十郎は胸に擦り寄る鮮やかな橙の髪を撫でて問うた。
「お前、いつから煙草吸うような不良になったんだ?」
「え…?吸って、ない。」
ふるふると首を横に振る佐助の額に唇を寄せて嘘吐け、と呟く。
佐助の痩躯が一瞬強ばったことなど、抱き締めている小十郎にはお見通しである。
「灰皿のとこに、煙草と百円ライター、置きっぱなしだったぞ。」
「……、」
俺が構わないからグレたか、と呆れた風でもなく小十郎は言った。
小十郎は煙草を吸う。
しかし彼は佐助が誕生日に贈ったカルティエのガスライターをずっと愛用している。
百円ライターなど間違っても使わない。
考えられる可能性としては佐助が吸ったか遊びに来た元親辺りが忘れていったかだが、小十郎の記憶が正しければ元親はメンソールしか吸わなかったはずである。
そして小十郎が吸うそれはメンソールではない。
「別に、ハタチ過ぎてるんだからいーでしょうが。」
ぼそりと呟いた佐助が恨めしげに小十郎を見上げるが眠気に負けて閉じたままの瞳にそれは映らない。
だって、と呟いた佐助に小十郎は今ひとたび薄く目を開く。
「 。」
呟かれた言葉に小十郎は瞠目してから、声を上げて笑った。
End
淋しかったんだ、だって。
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