背中を眺めていた。時折楽しそうに揺れるそのしっかりと浮き出た肩甲骨を眺めていた。
情事の熱を冷ますようにゆっくりと煙を吐き出した俺の胡座の上に手をついて障子の向こうの見事な満月を眺めているその背中を。
己のかわいい忍の話を、自慢げに、そして不満げに。楽しげに紡ぐその声が俺の耳朶を優しく通り抜け、脳みそを優しく掴んで揺さぶるのを感じながら、俺は時折揺れる長い襟足を眺める。
手合わせのときに見せる獰猛で熱のこもった瞳も、絶頂に反らされる白く艶かしい首筋も、隣に立つピンと伸びた美しい背中も。
その全てが自分のものだと世界中にわめき散らして自慢してやりたいとさえ思う。
この美しい男の特別が自分なのだ、と誰彼構わず吹聴して回りたくなる。
気怠い事後の空気の中で、ころころと鳴る鈴のような声で笑うその背中を人差し指でなぞる。
びくりと震えた細い肩を抱き寄せ、片手で煙管を煙草盆に放り投げる。
一瞬強張ったその躯が弛緩して、ゆっくりとその体重が預けられtるのが心地いい。
らしくもない優越感と、確かに伝わる体温に満たされる自分の愛欲に俺は吐息だけで嘲笑を零し、その白い首筋に鼻先を埋める。
ふわりと香る汗の香りと、幸村の香り。
脳髄が痺れて、このまま死んでもいいとすら思う恍惚感に身を委ねる。
政宗殿、控えめな声が少しの戸惑いを含んでその熟れたさくらんぼのような紅い唇からこぼれ落ちる。
顔を上げれば、振り返った深緋の瞳と目が合う。
恥ずかしそうにすぐ逸らされそうになる視線を絡めとって、慈しむように口付けた。
そのふっくらとした唇を優しく啄んでやれば、寄りかかってくる体温。
鳶色の柔らかい髪の毛を撫でながらキツく抱きしめた。
躯を離して己の失ってしまった右目を覆う眼帯に手をかける。
不思議そうな視線が俺の指先に注がれる中、俺は眼帯を外した。
不意に現れた眼球の消えた右目に幸村が小さく息をのむのがわかった。
そろそろと幸村の細い指が右目に伸ばされ、引き攣れた刀傷を撫でる。
そんなはずないとわかってはいても一生消える事のないその傷が消えて行くような錯覚に陥って目眩がする。
ぐらりと回る視界の中で、幸村は自分が痛いわけでもないのに辛そうに柳眉を下げた。
眼帯を持たない手で、その頬を優しく撫で、その泣き出しそうな左目を眼帯で覆う。
突然の事に見開かれた深緋の眼に満月が映って酷く心が騒いだ。


「まさむね、殿…?」
「俺が右目を失ったように、お前の左目もなくなっちまえばいい」
解せぬ様子で俺を見上げる不安げな瞳がたまらなく愛おしい。
頭の後ろで紐を結んでやりながら俺は続ける。
「そしたら二人で一つになれるのに。」
独眼竜の右目は小十郎でも、俺の右目は幸村だ、そう呟けば困ったように笑う。
「戯れを。某などが右目では不自由でござる。」
それでも、と続けてお前は嬉しそうに破顔する。
そして、自分の首にかかった六文銭を外して俺の首に掛けた。
「政宗殿が某を右目にするというのなら、某が必要なくなったときにその六文銭を餞別にしてくだされ」
真っすぐに伸びた背筋が真摯な視線でこちらを見ていた。
「その六文銭なしに三途の川を渡る事はできぬ故、こちら側で政宗殿が来るのをいつまででもお待ち申し上げる。」
はにかんだように笑う幸村の言葉に、今度はこちらが面食らった。
思わず俺の眼帯を付けたままの幸村を抱き寄せる。
腕にしっかりと閉じ込めて、ありがとうと言った。



決して許される恋でも、永遠を願える関係でもない。
それでもこの関係が、腕の中で身を委ねるこの男が愛おしいと心から思う。
いつか引き裂かれるときが必ずやってくる。
けれど、せめてそれまではこの笑顔を守りたいと心底思った。



End

この後二人で手繋いでゼ●シィ買いに行けばいいと思うんだ!!

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