「成実さん!ここは一旦退きましょう。」


長刀で襲い来る敵兵を薙ぎながら綱元が叫ぶ。
文治に長けると名高い綱元であるがそこは伊達三傑に数えられる一人。
流れるような無駄のない身のこなしで長刀を奮い、敵将を討ち取る様は猛々しいことこの上ない。
鉄紺の陣羽織の裾が勇ましく翻る。
その視線の先で長巻を奮う成実は聞き流すかのように長巻を滑る敵の槍を払った。
刃零れが目立ってきた長巻に舌打ちし、腰にさした短い脇差しを抜いた。
綱元と揃いの鉄紺の陣羽織に飛ぶ染みは返り血か己の物かわからない。


「成実さん!!」


返事どころか一瞥をくれることもしない成実の背中に綱元が苛立ったように鋭い声を投げる。
こちらも刃零れが目立つ長刀で敵兵の胸を突く。
傾ぐその体から長刀を抜き、刃に付いた血を振り払う。


「まだ、引くわけにはいかない。政宗が無事に、観音堂山にたどり着くまでは、な!」


稀に見る勇将と謳われる成実の首目がけて腕に覚えのある兵が次々と斬りかかる。
武勇に勝れるものにしては少々上背ばかりが目立ちすぎるしなやかな身体を跳ねて敵の突きを避ける。
その動きに敵は息を呑み、綱元は諦めの溜息を漏らす。
と、成実の背後から矢が飛んだ。


「成実さんっ…!」


綱元が叫ぶが空中で姿勢を変えることなど出来ない成実の右肩に矢が深々と突き刺さる。
小さく呻いた成実は着地と同時に膝をついた。
それを見た敵兵が今だとばかりに襲い掛かる。
綱元も敵などそっちのけで成実に駆け寄るが、成実は詰め寄る敵兵の足元を払うとゆらりと立ち上がり、肩に刺さった矢を引き抜いた。
溢れる血が陣羽織を汚すのも気にせず掴んだ弓を地に投げる様は鬼神の如く。
穏やかに滲む殺気は先までよりも凄まじく周りを圧倒する。
長い髪から覗く俯いた口元に浮かぶ笑みが一層の不気味さを添えた。



「大将は政宗だ…大事な大事な政宗の首の無事を確認するまで引くわけにはいかない。俺は一人でもここでこいつらを足止めする。行きたいなら行けよ。綱元。」



その背に背負う確たる敵意と潔いまでの覚悟に成実を取り囲む敵兵がじりと後退る。
涼しさを増した風に靡く長いたすきを見て、綱元は手負いの山犬を思った。


「武の成実の名はダテじゃねぇんだよ…」















「まったくあなたは…無茶ばかりして。」


佐竹の領が攻められたことにより撤退を余儀なくされた連合軍はあっけなく引いていった。
陣を張っていた瀬戸川館に戻った伊達軍は政宗の無事を伝令の早馬で知った。
成実の隊の大半の者が傷つき、多くの兵を失ったが壊滅には至らなかったという報せを持たせて伝令を走らせた綱元は傷の手当てを受ける成実の元へ来て開口一番にそう言った。


「別に命に関わるような傷じゃねーんだからいいだろ?」
「あの時素直に引いていればできなかった傷が殆どですがね。」
「るっせぇな!俺の命一個と引き替えに伊達が、…政宗が守られるなら安いもんだろ?」


包帯の巻かれた右肩だけを露にした成実が忌々しげに吐き出すのを綱元は確かな怒りと共に聞いた。
開け放した雨戸から吹き込む風が成実の綺麗に切り揃えられた黒髪を揺らし、先までの奮闘ぶりが嘘のように儚げで綱元は細い眉を歪めた。



「あなたがそんなに伊達に肩入れしているとは知りませんでしたよ。」

わざと成実の怒りを煽るように言ってやればキッと鋭い目が綱元を睨む。
しかしそれに慣れた綱元はそ知らぬ顔で言葉を継いだ。

「むしろ伊達の為に死ぬなんてまっぴらだと思ってるもんだとばかり思ってましたよ。」

胡坐の膝の上に置かれた成実の手がぎりぎりと拳を握る。
睨み付ける眸には深い悲しみと若さゆえの行き場のない怒り。
切なげに寄せられる眉だけがひどく大人びて見えた。



「大っ嫌いだ。伊達なんて。だから、お前らが望むように政宗庇って死んでやればいいと思ったんだよ。」


ぱん、と乾いた音が古い天井に響いた。
静かな怒りをたたえた真っ黒い瞳が真摯に成実を見つめる。
目を見開いたまま動かない成実の向かいに腰を下ろした綱元は静かに話しはじめた。



「死んでも良いなんていう思いで政宗様が守れるとお思いか。あなたも含めて伊達家なのです。あなたが死ぬことなど誰も望んでいません。」
「そうだな。政宗の影武者としてくらいなら役に立つ。」



庭を眺めて呟いた成実の言葉に次は綱元が瞠目した。
幼い頃から何かと比べられる政宗に対抗心を抱き、なかなか認められない悔しさともどかしさを伊達への反発心として成実が発散していることには漠然と気付いていた。
だから綱元はなるべく成実の味方であろうとしたし、武勇を上げれば大げさなほどに称賛した。
しかし、ここまでとは。
思わず絶句した綱元を成実の冷めた瞳が射抜く。


「俺は、政宗を守るためだけに生きてればいいんだ。だから、政宗を庇って死ぬ。さっさとお役御免になりたいだけで、別に半端な覚悟で言ってるわけじゃねぇ。」
「それでも俺は、あなたが無茶をして死ねば悲しみますよ。俺にとって伊達成実という人は政宗様と同じくらい尊い、仕えるべき御仁ですから。」


知るかとそっぽを向いた成実の着物を直してやる綱元の手はひどく優しい。
言葉の割におとなしく着物に袖を通した成実の頭を一撫でして綱元は立ち上がった。


「まあ、成実さんが退かなかったおかげで政宗様はご無事だったわけですから説教はこれくらいにしておきましょう。さ、明日は米沢までの長旅が待ってますから、今夜はきちんと休んでください。」
「たいしたことねぇって言ってんだろ。綱元、心配しすぎ。」


はいはいと穏やかに笑って障子を閉めようとした綱元は思い出したように成実に言った。

「あ、そうそう。あなたを影武者にしようなんて輩が現れたら俺がどうやってでも黙らせますから。」

おやすみなさいと障子を閉めた綱元は成実が照れたように俯いたことを知らない。



End

綱元さんがよくわかりません。白目


※ 長刀(ちょうとう) 刀身の長さが三尺以上の刀を指す。
  長巻(ながまき) 全体は六-七尺、刀身三尺前後、柄は三-四尺の大太刀の柄を長くした形状の刀
 (一尺=30cm程度)
※参考 人取橋の戦い

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