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| 掌のオルゴールに耳を傾ける
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- 「ただいま。」
隻眼の男はリビングの扉を静かに閉め、そう言って手にしていたボストンバッグを部屋の隅に置いた。
外を歩いたせいでじわりと汗ばんだ躰が程よく冷えた室内に乾くのを感じながらソファーに座り、文庫本に視線を落とす青年を見やる。
さらりと長めの栗毛が音もなく流れ、切れ長の瞳が男を一瞥し、おかえり、と無愛想に呟いた。
ソファーの前に置かれたガラス製のローテーブルに土産、と紙袋を置けば青年はちらりと紙袋を見る。
本心はすぐにでも中身を改めたいのだろうが、それをしない素直ではないところが男は気に入っていた。
柔らかい笑みが自然と口元に浮かぶのを感じながら男は青年と向き合うようにフローリングに腰を下ろした。
「晩飯は?」
「先に済ませた。貴様はどうなのだ?」
文庫本に落とした視線を上げることもせずに答えた青年に、自分も飛行機の中で済ませたことを伝え、紙袋に手を掛ける。
「デザートいらねぇのか?」
そう意地悪く笑ってやれば小さなため息と共に文庫本に栞を挟んだ青年は立ち上がった。
茶をいれる、と告げた青年の背中を見送り、男は紙袋から出した土産の品々を机のうえに並べる。
男自身は甘味を好んで食べるわけではないが、青年は大の甘味好きである。
よって、机に並ぶ土産はほとんどが甘味だ。
茶を入れたマグカップを持った青年は片方を男に差し出し、ソファーの足元に座ると迷わず土佐日記に手を伸ばす。
付き合い初めて初めて帰省したときに持ち帰った土産がそれだった。
それを甚く気に入ったらしい彼は、男が帰省するたびにそれを土産として所望した。
美味そうに頬張る青年を満足気に眺めながら男はポケットの中からくしゃくしゃになった煙草を出し、いつもは机の上に載っている灰皿を探す。
茶で口の中がすっきりした青年が男に声をかける。
「灰皿なら洗った。」
「ああ、わりぃ。」
「謝るくらいなら次からは帰省前に片付けて行くことだな。」
ふん、と鼻を鳴らした青年は二個目の饅頭に手を伸ばす。
それを横目で見ながら男は灰皿を取りに台所へと向かう。
一緒に棲む前は目の前で煙草を吸うのすら嫌がったと言うのに、随分丸くなったもんだと吐息だけで笑う。
それだけ長く一緒に居ると言うことか、と考え、頬が弛むのを禁じえない。
灰皿を片手に元いた場所に戻り、土産の菓子を頬張る青年を見ながら煙草を吹かす。
青年の細い指が箱から出した饅頭の包みを丁寧に剥がす。
小さな口がそれを頬張り、咀嚼する。
飲み込む細い喉仏が上下する。
甘味を好まない男には饅頭よりもその光景の方が嬉しく、細く煙を吐きながら目を細めた。
「うまいか?」
「ん。食わぬのか?」
「俺はいい。好きなだけ食え。」
さらりと頭を撫でてやればこくりと頷く。
何者にも媚びることのない青年の勝ち気なところも、その実妙に幼く見える儚げなところも。
こうも全ての愛しさを向けられる相手が居たものかとつくづく思う。
今日は長く離れていたせいか、余計に愛しさが増す。
そんなことを考えながら男は短くなった煙草を灰皿に押しつけ、立ち上がると部屋の隅に置いてあったボストンバックを開けた。
小さな白い箱を出すと、青年の隣に立ち、その箱を差し出した。
突然渡されたそれを暫く見つめて青年はソファーに座った男を見上げた。
「それも土産。」
そう言って笑う男の脚の間に背を預け、訝しげにその箱を見つめる。
少し日に焼け、端の依れたその箱を開けると、深い緑色のベルベットの箱が納まっていた。
それをそっと取り出し、掌に乗せる。
小さなその箱は見た目よりもずっと重く、青年は何なのかが解らずに男を仰ぎ見た。
きらりと蛍光灯に透ける銀髪が眩しく、男の口元が僅かに笑みを刻んでいることしか判らずに青年はもう一度掌の上の箱を見つめた。
「開けてみろよ。」
少し揶揄うように癖の有る声が言う。
青年は華奢な指でその箱を開けた。
途端に溢れだした繊細な音にオルゴールだったかと男を振り返る。
流れるメロディは誰でも一度は耳にしたことのあるエリーゼのために。
少々驚いた様子を見せた青年の髪を撫でながら男は言った。
「昔、親父に買ってもらったのが残っててな。せっかくだから持って帰ってきた。」
体躯もよく、無骨で男らしいと言う形容がぴたりと当てはまるようなこの男がオルゴールとは些か不似合いだな、などと考えながら視線を戻す。
オルゴールの中に一枚の紙が入っている。
飾り気のない白の紙に、ただ一言、愛を告げる言葉が書かれている。
それは紛れもなく自分の後ろにいる男の字で、随分手の込んだ土産だなと考える。
その紙を摘み上げると、その下には銀色の指輪が入っていた。
「元親、」
「それも、元就の。」
たぶんそれは、所謂マリッジリングと呼ばれるそれで。
指輪に伸ばす手が震えた。
「結婚はできねぇけどよ、取り敢えずこれからもよろしくってことで」
「バカか……」
ニッと笑った男の顔は恥ずかしいやら嬉しいやらで見れなかった。
指輪を持ったままオルゴールを机の上に置き、ソファーに座る。
指輪と左手を差し出し、挑むように男を見る。
「つけろってか?」
「当然だ。」
男は受け取った指輪を躊躇いなく左の薬指にはめた。
いつサイズを計ったのかと聞きたくなるほど、指輪は青年の指にぴたりとはまった。
指輪の上から口付けられ、青年の胸が詰まる。
じわ、と込み上げる感情は喜びに震える愛情か、背徳への切なさか。
判らずに青年は俯く。
「指輪の交換の後は誓いのキスだぜ?」
「…それくらい、しっておるわ」
「キス、していいか?」
「いちいち聞くな!」
照れ隠しに声を荒げた青年の肩を掴み、男はそっと唇を重ねた。
開けたままのオルゴールだけが二人のささやかな誓いを見届けていた。
End
高知土産って何がメジャーなんですかね。
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