お盆休み。じわじわと鳴く蝉の声が暑さを増長するなか、成実は伊達の本家の庭にいた。
法事であるからと一応黒いスーツを着てはいるものの、ネクタイは弛み、ワイシャツのボタンは外れ、大きく襟元が開いている。
大きな木の影にぼんやりと立つ成実の視線の先には親族連中に囲まれた政宗と小十郎がいた。
伊達の本家の嫡男である政宗には良くも悪くも人が集まる。
その誰もが政宗に対して良い思惑を持っているとはかぎらない。
しかしそれでも成実は政宗を羨まずにはいられなかった。
成実とて伊達の分家とは言え本家筋に限りなく近い家の嫡男である。
それなのに政宗だけが持て囃されるのは面白くない。
伊達の家の者、それらを取り囲む人間全てに忘れ去られたような気がして額を流れる汗を乱暴に拭った。
年も、出自もさほど変わらない政宗は小十郎という兄がわりや、持て囃してくれる誰かがいるのに。
ただ分家に生まれたというだけで、嫡男としてのプレッシャーだけが虚しく残る自分は一体なんなんだと成実は青く茂る木の葉の隙間から青すぎる空を見上げた。


だから来たくなかったんだと胸中に呟き、舌打ちをしてポケットから煙草を出して火を点ける。
ゆらりと立ち上る煙は遠くに見える入道雲に似て白い。


「あなたまで煙草を吸うようなお年になられましたか。」
「つなも、と?」


振り返ればそこにはこの暑さの中黒いスーツを汗一つかかずにきっちりと着た綱元が立っていた。
俺もいいですか?とポケットからラークの箱をちらつかせる綱元に勝手にすればと返して、また政宗を睨み付けるように眺めた。


「久しくお会いしていませんでしたが、お幾つになられましたか?」
「21だ。」
「そうでしたか…今年も来られないかと思っておりましたが、お会いできて良かったです。」
「課題が忙しいと断るつもりだったんだがな。父上が行けないと言うから、名代だ。」



不機嫌もそのままに話せば綱元はくすりと小さく笑う。
相変わらずで安心しましたよと呟くその声が酷く大人で、無性に苛立った。
成美とは十ちかくも離れている綱元であるから当然といえば当然であるが、子供扱いされているようで気に入らない。


「まったく、大人は都合が良くてむかつく。」
「おや。何か気に障ることでもありましたか?」


ふう、と煙を吐きながら成実を振り返る横顔が様になっていて、ただでさえ疼く劣等感の傷を抉られたようで成実は煙草を消した。


「東京の大学に進学されたとお聞きしましたが。」
「来年卒業する。」
「俺も今、本社の方に出向していましてね、…今度メシでもどうですか?」


男の孤食はどうも慣れませんから、と成実が断れないように言う綱元の遠回しで嫌味のない優しさも相変わらずだと成実は思う。
昔からそうだった。
政宗一辺倒の小十郎とは違って綱元は成実にもこうして気を遣う。
家も年も近く、将来は共に伊達の家と会社を背負ってゆくものとして兄弟のように育ってきた政宗が嫌いなわけではなかった。
ただ、同じように育ってきたのに、いつも持て囃されるのは政宗だということが気に入らない。
それはいつしか拭えない劣等感となり、政宗と成実の間に溝を作った。
兄と慕ってきた小十郎はそれを叱咤し、成実はそれに絶望し伊達の家から逃げるように東京の大学へと進学した。


「向こうに戻ったら連絡しますよ。」
「ああ。」


そうして避け続けてきた伊達家に久しぶりに戻り、改めて感じた疎外感のようなものを払拭してくれるのは結局この男なのだ。
成実は隣に立つ男の肩に頭を預けた。


「絶対、だぞ。」


綱元はそれを拒まなかった。


End

綱元さんは成実が心配で自ら出向したと思います。

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