見慣れない天井に、ぐるりと視線を巡らせると、ソファーに座る見慣れた人影を見つける。
こちらを向いて座ってはいるものの手元の本に視線を落としている煌びやかで厭味のない銀髪は確かに見知った信親であるが、彼は隆元が目を覚ましたことには気付かない。
ぎしりと小さな音を立ててベッドの上に体を起こすと頭の奥が鈍く痛んだ。


「隆元さん、良かった…」
「ここは…私は何故ここに…?」


確か、父と些細なことで諍いになり、あまりの言われように切なくなって家を出た。
半ば自棄になって財布も携帯も持たず、手ぶらで家を出たまでは良かったがどこへも行けずに駅への近道である公園のベンチに座り、嫌味な程によく晴れた空を眺めていたはずだが。


「熱中症だと思います。あんな熱い中ずっとあそこにいた様でしたから。」


信親の言葉に、たまたま通りすがった信親と立ち話をしたことを思い出した。
そこで倒れたかと考え、羞恥に俯く。
信親が座るソファーの後ろに見える街はすでに暗く、あれから随分と時間が経っていることを教えた。


「大丈夫ですか?なんなら元就さんに連絡して迎えに…」
「いえ、…それは、」


歩み寄った信親が訝しげとも心配げとも取れる表情で隆元が座るベッドの端に腰掛けた。
隆元の長い前髪の中を覗き込む信親を拒むように顔を背ける。


「元就さんと、何かありました?」
「…私が、いけないんです。父上の期待に添えないから…、たいした才能もなく、努力もできず…父上をいつも落胆させてしまう。」


俯いて情け深げな厚い唇を噛み締める隆元の細い指が膝に掛かったシーツを握る。
濃い色のシーツに震える白い指先が良く映え、信親はその不健康な白を骨張った指先で撫でた。
かたかたと震える指に指を絡めて強く引く。
前のめりに傾いだ隆元の華奢な肩を抱き締めて栗色の長い髪を梳いた。


「かえりたく、ないんです…」


声が籠もっているのは抱き寄せているせいか、それとも。
隆元が劣っているのではない、父や弟たちが秀ですぎているのだと言うことにこの哀れな青年は気付かない。
そしてまた周囲から将来を有望視される信親の存在もまた隆元の劣等感を煽る一因でしかないことにも気付かない。
それでも、弱さを、不甲斐なさや己の凡庸さを許す信親の腕が隆元には必要だった。
縋る所もなくただ傷つき、自分を卑下することでしかその劣等感を慰めることの出来ない隆元にとっては。
信親の存在が己を傷つける刺だと知ったところでもう手放せないものになっているのだった。


End

あなたは自分が抉った私の傷を慈しんで舐めてくれるから。

←prev | next→