恐ろしいほどに白い肌を仲秋の白い月に愛でさせながら、佐助は己の背に座る小十郎に体重を預けていた。
きんと冷えた空気が情事に火照った熱を奪ってゆくのも気にせずに二人は下がり切らない体温を穏やかに沿わせていた。
微かな虫の鳴き声だけが部屋に吹き込む。
闇に溶ける艶やかな橙色の頭をこてんと小十郎の厚い胸板に預けた佐助が顎を上げて小十郎を見上げる。
その視線の先には普段戦場でめったに見ることのない乱れた前髪が長く垂れていた。
くすりと笑った佐助を小十郎が緩慢に見遣る。


「ねー、このままどっか遠くに行っちゃうってのはどうよ?」
「藪から棒にどうした?」


甘えるようにわざとらしくしなを作る佐助を見遣る小十郎の視線に僅かばかり残った劣情を嗅ぎ取った佐助が艶を載せた唇を笑みに歪める。
冷えはじめた細い肩に脱ぎ散らかしていた打掛を手繰り寄せてやりながら答える小十郎の声もどこか雄の匂いが滲む。
手渡された打掛を無造作に羽織り小十郎の指先を弄ぶ。
佐助の視線がわずかに下がったのを小十郎は見逃さなかった。


「なんとなく…言ってみたかっただけ。」
「駆け落ちのお誘いか?」
「ま、そんなとこ。」


先程までの纏わりつくような色香などなかったもののように淡々とした声が答えた。
拗ねたようなその口調に小十郎は微かに口角を吊り上げ、胸元へすり寄る形のいい耳に唇を寄せた。
擽ったそうに身をよじる佐助の細い腰を抱き寄せれば結局は預けられる体重が愛らしく、小十郎は耳朶を柔らかく食んだ。


「駆け落ちか…悪くねぇ。」
「俺様、暑いとこはお断り。」


旦那と大将だけで充分、と呟いた佐助の声に小さな影が落ちる。
それに気付かないふりをして小十郎は食んだ耳朶をねぶり先を促す。
誰も俺様たちを知らなくて、人なんていない方がいい。
愚図る幼子のような必死な声色で、しかし昔語りをする老人のように訥々と語る佐助の背に静かな闇色を見た小十郎はその闇ごと佐助を抱きすくめた。
胸の前で交差した小十郎の剣士の腕を、佐助の細く、荒れて頼りなげな指先が強く握る。
いっそそのまま締め上げて欲しいという我儘は音にならず、佐助の闇に飲み込まれていった。


「出来もしねぇ話はするもんじゃねぇってことだな。」
「…そーみたい。」


背負う物の重さがいつも二人の邪魔をした。
生きていくことの答えを出逢う前から持っていた二人には、互いが生きる理由になることなどできない。
そして、それ以上に背負うこともできず。
しかしそれは互いの人生や背負う命の重さを知っているからに他ならず、それを知らない互いなどきっとこんなにも愛することはなかった。
根本的なところで引き結ばれない運命だとわかっていた。
だからこそ惹かれあったのだと。
後付けの動機でしか互いの気持ちを語れない二人には駆け落ちなど出来ないのだと髪を揺らす冷たい風が嘲笑う。
ならせめて、刹那の激情で求めあえばいいと小十郎は障子の向こうの夜明けを見つめる細い顎を掬った。
言葉もなくただ貪る唇は冷えて乾き、それを埋めるように舐め合った。
口外できぬ慕情と希望が得も言われぬどろりとした澱になって佐助を追い詰め、切なさと背徳に酔いしれる。
その原因が己だと知りながらもこの哀れな忍を解放してやれない嗜虐にすぎる独占欲が小十郎を責めた。


「ねぇ、もっかい。」
「もう朝だぞ?」


窘める言葉を吐く声音はそれでも拒否など微塵も匂わせずに佐助の痩躯を冷たい畳に押し倒した。
余熱の燻る二つの躰はすぐさま熱をぶり返し、潔癖な静寂に不埒な甘い馨を漂わせる。
縺れ合う影の虚しさなど、二人は知らない。


End

抜け出せない連鎖の中でただ踊るだけ。

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