ベッドの上にぺたりと座り込んだ隆元は力無く信親のパーカーの裾を握り俯いていた。
下ろした長い髪のせいで信親から隆元の表情はみえない。
俯いたまま動かない隆元の脚の間にぱたぱたと涙が落ちる。
信親は現状をよく飲み込めずにただ少々暖房の効き過ぎた部屋の中で立ち尽くしていた。
何故隆元が泣いているのか。
それすらもわからず掛ける言葉を失っていた。





連絡の取れない隆元を心配した元就に様子を見に行ってくれないかと頼まれ、午後の講義もそこそこに隆元が一人暮らすこの部屋へ来た。
いくらインターホンを鳴らしても出てこない隆元に痺れを切らし恋人の権力を行使して合鍵で押し入れば枕元で鳴りつづける携帯と効き過ぎた暖房と音も立てずに泣いている隆元だけが部屋にいた。
声を掛けても返事のない隆元に、タイミングが悪かったかと踵を返そうとしたところでパーカーの裾を掴まれた。
とりあえず居ても良いのだろうと判断して成す術もなくただ泣いている隆元の寝乱れた栗毛と窓の外の暮れかけた紫をぼんやりと眺めている。
ここに来るまではなにかあったのではと気が気ではなかったが、隆元の無事さえ確認できればあんなに逸っていた心も嘘のように凪いでいる。



何があったかなど聞くのも野暮だ。
この頭の良い青年は自らの自虐的すぎるとも言える現実味のありすぎる妄想に追い詰められたのだろう。
信親も頭の回転は速く、聡い部類ではあるが五感で受け取ることのできる現実にしか興味がない。
したがってもしもの話に一喜一憂することもなかった。
それは自信という精神の強さに起因するものだが、隆元は生憎とその自信や強さや回避するためのしたたかさを持ち合わせていなかった。というだけの話で。
(そして信親は彼のそんな不器用でバカバカしいところを好いているということだ。)
(しかし彼はそれに気付いているのかいないのか、それを受け入れようとはしない。)





一方、隆元は心中で酷く後悔していた。
あの時何故信親に手を伸ばしてしまったのかと。
ペパーミントグリーンの薄色のシーツが涙で醜く色を変えるのを止められず、ただ涙で滲んだ視界に捉えるしか出来ない。
行ってほしくなかったのは事実であるが、きっと信親はこの状態に困惑しているはずだ。
(実際彼は冷静なのだが、隆元はそれを知らない。)
握り締めたパーカーを今更放すことも出来ず、ただ指が固まってしまったのを理由にそのままにしていた。
泣きすぎて頭が痛む上に効き過ぎた暖房のせいで渇いた喉は声を出すこともままならない。
確かに風邪を引いているが、この圧迫されるような頭の鈍痛と、ひりひりと痛む喉はそのせいではなかった。
体が弱れば心も弱るもので、すこし外界と己を遮断したくなっただけなのに。
信親は隆元が些細な寂しさを拾いあげるタイミングを見計らったかのように現れた。
何も言わず、何も聞かず、ただ、隆元の名を呼んだ。
ただそれだけのことが隆元の拾い上げた寂しさを凶器に変え、それは隆元の繊細な指先を切り裂いた。
溢れ出す澱んだ血液はぼたぼたとシーツに染みを作り、寝乱れた髪に絡まった。
強すぎる夕日が乱反射するその雫の透明度を隆元は知らない。
(しかし、それを視界に捉えない信親はそのことをよく知っている。)





不意に信親がしゃがみ込んだ。
都合、隆元に掴まれたパーカーが伸びる。
それを危惧した隆元の指先が勢いよく離れ、また心元なげに掴むものを探す。
信親は数瞬、その彷う指先を見つめ、己の指先を差し出した。
指先を絡めて引き寄せる。
白く震える指先に唇をつけた信親は漸く見つけた言葉を吐き出した。






「あなたの気が済むまで、ここにいますから。」






End

誰もいないのだと、思い知らされた気がしたのです。

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