戦車の大砲の音が横隔膜を震わせる演習場の軍幕代わりのテントの下で、片倉は鋭い視線を立ち上る砂埃に向けていた。
片倉と長曾我部の隊、そして己の部下たちを引きつれて陣頭指揮を執る真田の背中に迷いはない。
遠目に認めたその背中を見て片倉は小さく安堵の息を吐いた。
それは隣の椅子に腰掛けて机の上に両肘をついて演習の様子を眺めている長曾我部も同じだったようで、暫くの間厳しい視線を演習場に向けていたが、ふと表情を緩めて椅子の背に体重を預けた。
本国の演習では、佐官クラスの片倉や長曾我部がここにいることはほとんどない。将校クラスの軍人がいないために、最高官位をもつ片倉と長曾我部が便宜上この場に残されているだけのことだった。
本来なら、少佐の真田ひとりに3つの隊をすべて預ける必要もなかったのだが、片倉にはどうしても長曾我部にここにいてもらわなくてはならない理由があったのだ。
ちらりとあちら側の総帥の姿と、その後ろに控える伊達を認めた片倉は視線を演習場に戻しながら鋭い声で長曾我部を呼んだ。

「こっち向くんじゃねぇぞ。」
「あんだよ。」

長曾我部は片倉の指示どおり、面倒臭そうに椅子に体重を預けたまま演習場に目を向ける。
機関銃の空砲の音が耳に痛い。

「単刀直入に聞く。お前、今回のこの訓練、何だと思う?」
「人質だろ」

バカにするなとでも言うように長曾我部ははっきりと答えた。
視線は青すぎる空に向いている。快晴だ。
本来、同盟国との軍事演習にはふたつの意味がある。一つはその名の通り、有事の際に如何に協力するかを協議するためのものだが、もう一つは互いの軍事力を見せつけ合うことで均衡をとるためだ。
その場に本国の中枢を担う将校クラスの軍人がいないのはどう考えてもおかしいのだ。
片倉たちが得ている大佐という階級も、軍の中では限りなく中枢に近いが中枢ではない。戦場では真っ先に最前線に出て行く、いわば駒の方なのだ。
駒が相手方の軍事力を知ったところで、中枢に有益な情報を持ち帰られるとは到底思えない。
つまり、この軍事演習そのものに意味がないということだ。

「で、俺たちはどうすりゃいいと思う?」
「さぁな。本国との連絡は週に一回、定時の報告だけだからな。」
「その連絡でさえもここの軍用回線だ。どこで誰が聞いてるかわかりゃしねぇ。」
「ンなこと俺だってわかってらァ」

とにもかくにも本国の中枢に連絡を取らないことには何をどうするべきなのかもわからない。
長曾我部も聞いていないとなると、残るは大将である信玄の愛弟子である真田が何か聞いている可能性を考えるだけだが、その確率はほとんどゼロだと考えるのが妥当だ。
真田の性格からして、本国でも直属の上官である片倉に隠し事をできるとは到底思えない。
ここで追記するが、真田は大尉時代に片倉の秘書官を勤めており、自分の隊を持った今でも体系的に見れば片倉が預かる部隊のうちの一つを預かっていることになっている。
そんな相手にいくら信玄からの頼みであったとしても隠し仰せることができるほど軽い内容ではないこともふまえると、真田が何かを知っているという可能性はついえてしまった。
ならば長曾我部ならもしかしてと考えた片倉であったが、それもどうやら外れていたようである。

「街に出た時に連絡するってぇ手段もなきにしもあらずだが…俺たちが人質なんだったら護衛って名の見張りがついてくるだろうしな」
「手詰まりか…」
「あ。」
「なんだ?」

一瞬考え込む仕草を見せた片倉だったが、長曾我部の声に思わず長曾我部の方を振り向いた。
長曾我部は相変わらず演習場を眺めているだけで片倉に視線を移そうともしない。
その視線の先で真田が巻き起こった砂塵に視界を奪われたのか、派手にスッ転んでいる姿があった。

「考え込むなよ。相談してんのがばれるだろ。」
「真田じゃなかったのか…」
「それももちろんある。思いついたってェのもある。」
「なんだ?」

船からならウチの軍の回線で連絡できる。
長曾我部は真田に視線を固定したまま、器用に左の口角だけを上げて笑ってみせた。
その横顔をマジマジと見つめていた片倉が急に笑い出した。
とりあえずこうしておけばスッ転んだ真田をネタに話しているように見えるだろうと考えたからだ。
長曾我部もそれを理解したのか、ニヤニヤと片倉の方を向いた。
話の内容が少しでも聞こえていれば何とも気持ちの悪い二人組なのだが、少し離れたところに立っているあちら側の兵には演習の騒音も相まって何を話しているかは聞こえないだろう。

「船に戻る理由を付けないことにはそれも無理だぞ。」
「そんなのなんとかしろよ。片倉大佐。」
「結局俺におしつける気か…」
「力技で突破するってぇんなら協力できねぇこともねぇけどよ。」
「本国に連絡を入れる意味がないな。」

こめかみに軍人らしいごつい指先をあてた片倉が盛大に溜め息を吐いたのと、演習の終了を告げる空砲が轟いたのはほとんど同時だった。
隊列を組み死傷者(と言う設定なのだが)の数を確認する一群を尻目に、片倉はそう言えば長曾我部は昔からこうだったじゃないかと少しでも軍部に揉まれて成長していることを期待した自分を悔やんだ。
決して阿呆ではないのにできるだけ頭は使いたくない、と言うのが士官学校時代から変わらない長曾我部のスタンスだ。
軍議の決定を退けることは決してしないが、明らかな作戦不備で出た戦場から長曾我部の隊だけが戻ってきたという話も数多く聞いている。死なせた部下の数で言えば間違いなく片倉よりも優秀と言える功績で大佐までのし上がっているのも事実だ。
それを言えば長曾我部は火事場の馬鹿力だと笑ってかわすに決まっている。
(今は火事場ではないのかと言えば考え込む素振りくらいは見せるかもしれないが、手出しされていない以上は彼にとって火事場ではないのかもしれない。)
総帥が訓示のために隊列の前に立つのを見て、片倉と長曾我部も椅子から立ち上がる。
その視界の端に長曾我部が何かと世話を焼いているらしい准将の姿が映る。
ともすればその華奢な体を倒しそうな強い風に薄茶の髪をなぶらせながら凛と隊列を見ている。そこに透徹した氷のような冷たさは見つからない。
長曾我部とあの准将ならあるいはと考えた片倉は、もう少し長曾我部から話を聞く必要がありそうだと薄色の唇を引き結んで総帥の傍らに立つ伊達の背中を睨みつけた。

End

その命を手に考えろ。

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