- 士官学校時代、自分はさほど優秀と言う訳ではなかった。銃もナイフもそれなりには扱えたが、一線を超えて巧いヤツは他に多勢いたし、学科では毛利に勝てた試しがない。いつも2番手に甘んじていたのだ。
伊達はそう思っていた。同期の中で群を抜いて優秀だったのは毛利だった。それでも、その毛利と自分が同じように少佐としてエリート部隊である親衛隊に入隊した理由を誰よりもよく知る伊達は、他の将校にそれを口に出させない為に日々残虐の限りに手を染めて来た。
本当のところ、虚勢のようなものがなかったと言えば嘘になるかもしれない。
しかし、長く続けてきたそれが、もはや自分の本意なのか、演技なのか時々自分でもわからなくなるときがある。それを誰かに気づかれたことは一度もないと思う。
伊達家と言うのはこの国が軍事国家となる前、帝政の時代から名門として名高い一族だった。代々皇帝に仕えて来たその家系は、名門としての家名を守るためなら悪事にさえ手を出すような家系だった。
最後の皇帝の時、クーデターの首謀者と通じ、皇帝殺害の手引きをしたのは他でもない、伊達の曾祖父だ。そのおかげで、帝政崩壊後に他の貴族が次々と没落してゆく中でも伊達家は繁栄の一途を辿ったのだった。
今ではこの経緯を知る者も少なくなったが、昔話としてまことしやかにこの話が陰で囁かれていることも伊達は知っている。
拷問で失われたと影で囁かれる曰く付きの右眼は、実際は幼い頃に病で失った。視力を失い、白く濁ったそのまなこを見た母親が発狂して眼球を抉った。
名家の嫡男を産むという最大の使命を果たし、二人目にも男児を産んだ矢先の出来事だった。厳格だった祖母に、何事か言われたのかもしれない。
それ以来、母親は伊達に興味の欠片さえも示さなくなった。産まれたばかりの五体満足の弟だけを可愛がり、伊達の家は弟に継がせると豪語して憚らなかった。
祖父は既に亡くなり、祖母もそれでいいと同調した。ヒステリーの気があった母とは対象的に、穏やかだった父は、家庭の崩壊を恐れて口を出すことはなかったが、隠れて伊達を可愛がりもした。
皇帝に仕えながら、クーデターの手引きをした一族の末裔に相応しい、卑怯な態度だったと今では思う。
愛情、と言うものがどう言うものなのか知らずに育った伊達でも、親の体裁は繕ってやらなくてはならない。義務教育が終わってすぐに士官学校へ入学した。
そこで出会ったのが毛利だった。群を抜いて明晰な頭脳と小柄で華奢な体躯に似合いの人形のように整った顔を持ち、見た目とは裏腹な華麗さで武器を操る。同期の中でも親衛隊配属は間違いないだろうとの声が高かった。
伊達も毛利も群れることは好まなかった。伊達に関して言えば、他人との接し方がわからなかったのだ。上下のないフラットな関係、と言うものを築いた事がなかった。
誰かと特に仲良くする事もなく、かと言ってある程度の距離までは近づいて見せる。そんな味気ない士官学校での生活も終わりに近づいた頃、教官に呼び出され、入隊後の配属先の内定を聞かされた。
一流の血統を持つ家庭の嫡子である事、実技、学科共に片手には収まる順位にいた事から、自分は親衛隊の少尉くらいが妥当なところだろうと思っていた。
しかし、教官の言葉は伊達を某然とさせた。
陸軍准尉。
なんとか留年を免れたレベルの学生が配属されるような場所だった。当然伊達は教官に食い下がった。何故だと質問すると、教官は残念そうに、お前は嫡子ではなくなったのだろう?と反問した。
伊達は絶望した。自分は全て失ったのだ。名家の当主となる道も、軍人としての輝かしい将来も、嫡子という立場で繋ぎ留めてきた家人からのささやかな優しささえも。
殺してやる。母親も、弟も、父親も。卑怯と残虐の限りを尽くした一族の末裔らしく、血腥いやり方で、せめて輝かしい将来だけは手元に残す。
程なくして冬の長期休暇に入った士官学校の寮を出た伊達の荷物の中には護身用にと持たされた一丁の拳銃と、ナイフが入っていた。
帰宅して最初に家族が揃った夕食の席でそれは起こった。
父親に内定の件を話し、事の経緯を問う。父親は俯いて夕食のステーキを口に運びながら、仕方のない事だ、と答えた。
それが父親の最期の言葉だった。
伊達の撃った銃弾は父の頭部にめり込み、その命を奪った。
母親はヒステリーを起こし、あらゆる罵詈雑言で伊達を罵った。
伊達は無表情に銃口を下げ、母親の髪の毛を掴んで椅子から引きずり降ろすと、抜いたナイフで弟の右眼を抉った。
ーどうだ?アンタが愛して止まないこいつの右眼もなくなった。これで同じだろう?さあ、これでもこいつが大切か?
ーなんて事を…!!離しなさい!この人でなし!!やっぱりあんたなんて産むんじゃなかった!!
半ば狂ったように髪を振り乱して伊達に掴みかかる女の傍で弟が痛みに呻いている。いい気味だ、と伊達は薄い唇の片側だけを釣り上げて笑った。
それを見ていた母親がまた何事か喚いたので、手にしたままだった拳銃の柄でその柔らかい頬を殴り付けた。
ー俺から右眼と母親を奪った罪は重い。アンタの大事なものもこの世から消してやる。二つ揃ったその目でよくみておく事だな。
やめて、と母親が声を上げる前に伊達は引き金を引いた。弟の頭部の左側が砕け、飛び散った脳漿が伊達の靴と跪いて項垂れる母親の背中を汚した。
伊達の足元に縋り付いて言葉にもならない声で伊達への呪詛を吐き出す女の前髪を掴み、正面にしゃがみこんだ伊達は完全に正気を失ったその二つ揃ったまなこを覗き込んだ。
何度も頭の中で繰り返した残酷な計画をやり遂げ、満足げに笑う男が写り込んでいる。その男の片方しかない瞳には残虐の光がらんらんと宿っている。
掴んだ前髪を引き、伊達は母親の耳に唇を寄せた。
ーアンタの最大の過ちは、俺の目を奪ったときに、命まで奪えなかったことだ。俺はアンタとは違う。アンタから、全て奪ってなに一つ渡さない。
産んでくれてありがとう。
乾いた銃声が女の命を奪った。
略奪者は全て息絶え、そこには凄惨な3つの死体と、悪魔のような男だけが残った。
この一件は伊達以外の家族の乗った車が起こした事故として処理され、一切外に漏れる事はなかった。しかし、この話を聞いた総帥は伊達を甚く気に入り、異例とも言える優遇で親衛隊へと迎え入れた。
そうして、今、ここに伊達はいる。
真田たちの前を去った伊達は、猿飛を傷の治療に向かわせ、一人で執務室へと戻った。
部下から渡された書類に目を通すも、なかなか進まない。
ぼんやりと昔の事が思い出されたのは、真田を庇った片倉に全てを奪おうとした家族の姿を重ねたからかもしれない。
長曾我部も片倉も、伊達から大切な共犯者と獲物を奪う略奪者なのだ。時期を見て必ずあいつらが後悔するような凄惨な手段で殺してやる。
何もない空間を睨みつけて奥歯を噛みしめる。きち、とこめかみが揺れた。
「ただいま戻りました。」
ノックの音の後に猿飛の声が続く。入れ、と告げると伊達しか映さない琥珀の瞳が覗いた。
「傷は?」
「少し縫いましたがたいした事はありません。ご心配をお掛けしました。」
「そうか…佐助。」
「何でしょうか?」
頷いた伊達は机越しに猿飛の左腕を掴んだ。一瞬痛みに寄った細い眉は、その一瞬あとには元の形に戻る。
「お前の飼い主は、誰だ?」
「伊達少将閣下です。」
「俺を裏切る事は許さねえ…その時はわかってんだろ?」
「あなたの望むままに。」
一瞬たりとも逸らされない視線に、落ち着かなかった気持ちが平静を取り戻して行く。
服と包帯の上から、痛みと一緒に自分の存在を刻み込むように猿飛の傷に爪を立てた。
「その時は俺の目の前で死んでみせろ。いいな。」
「Yes,your Majesty.」
猿飛は自分の腕を握らない伊達の手を取り、その白い甲に忠誠のキスを落とした。
End
もう奪わせない。何も。