アフター帰りのタクシーを降りた佐助は、ポケットの中からキーケースを探しあてる。
キーケースに収まった鍵は4本。
疵だらけの自宅の鍵と、バイクの鍵が2本、そして疵ひとつない小十郎の部屋の鍵だ。
その中から自宅の鍵を出し、玄関の扉の前に置かれたクリーニング屋の袋を抱えて部屋に入った。
昼近くの要項に暖められた生温く狭い部屋は相変わらず雑然としている。
3日ぶりの室内は埃っぽく、佐助はコートを着たまま窓を開けた。
冬の静謐な空気が一気に流れ込み、噎せ返る冬の孤独が佐助を襲う。
溺れそうになった佐助は窓の察しに手をかけたままズルズルと座り込む。
何をしているんだ、と最近よく考える言葉が薄い胸郭で吐き出されることなく澱んだ。


佐助が子の部屋に住むようになったのは、専門学校へ入学した時だった。
狭く古いワンルームだったが当時の佐助は住む場所などどうでも良かった。
家賃が安く、駅からも然程遠くないという理由だけでここに決めた。
ひつは中小企業の事務をしながら夜は週に何度かスナックで働いて、女手一つで育ててくれた母は、美容師になりたいと訴えた佐助に文句一つ言わず、受験料と入学金を工面してくれた。
奨学金を申請し、母が捻出してくれる家賃と、居酒屋のアルバイトで得た生活費で過ごした2年間は決して悪いものではなかった。
無事に国家資格を取り、美容院で働いていた時も薄給ながらそれなりに楽しい日々を過ごしていた。
そんな佐助の毎日が一変したのは、田舎に残してきた母が倒れた日だった。
店を早退し、飛び乗った特急で地元へ戻り、病室で眠る母のやつれて荒れた指先を握った時に、佐助は自分の生活の犠牲を知った。
佐助が働くようになってからも、母は将来のために貯金しろと言って家賃を払い続けてくれていた。
佐助は浮いた家賃の中から奨学金を返済し、残った分は全て貯金した。
しかし、本来ならば家賃を断わるか、実家へ帰るべきだったのだ。
母が払い続けてくれていた家賃は、母の命を削った。
そう、思い知った。
母の病状は悪く、右半身に麻痺が残った。
ひとりで暮らす母に、入院以外の選択肢が与えられることはなかった。
佐助が地元に戻り、一緒に暮らすにしても佐助の貰える給料と母の介護のことを考えるとそれも難しい。
それなら少しでも給料のいい都会に残り、母が不自由しないようにいい病院に入れてやるのが親孝行ではないだろうか、と思った。
母に、自分の苦労を見せたくない
佐助は母に戻らないことを告げ、その日のうちにひとりで暮らす部屋へと戻った。
美容師の薄給だけでは母の病院代など捻出できるはずがなく、佐助は美容師の仕事の傍らにできる仕事を探した。
相談した上司は、まだアシスタントだった佐助のことを可愛がってくれていたこともあり、ダブルワークを認めてくれた。
佐助は佐助で、美容師をやめずに済む仕事を探したが、そんなものがあるはずもない。
コンビニの深夜、居酒屋、カラオケの受付、様々な職を転々としたが、どれも美容師との兼ね合いが難しく、また体力も保たなかった。
まともな睡眠時間さえも取れない。
毎月ギリギリの生活と、確実に溜まる疲労。
そして母の身を案じる心の軋轢。
もう限界だと思った。
その度に脳裏に浮かぶのは荒れて年老いた母の指先だ。
それを思い出して頑張り続けた。
そんな生活を1年半ほど続けた蒸し暑い夜、佐助はある男と出会う。


働いている繁華街の居酒屋の裏口から出た佐助は、疲れた体を引き摺るようにして駅の方へと向かっていた。
薄く空けていく白い空をぼんやりと見上げて歩いていた佐助は、向かいから歩いてきた男の肩にぶつかり、盛大にしりもちをついた。
夏のアスファルトは湿気を吸って生暖かく、それでいて冷ややかだった。
立ち上がろうとした佐助の前に、磨き込まれた革靴が立ち、大きな手のひらが差し出された。
すみません、とその手を取ろうとした佐助はギョッとした。
差し出された手の持ち主はオールバックにした秀でた額の下で眼光鋭く佐助を見ていた。
その左の頬に大きな傷が白く浮かび上がっている。
ヤがつく自由業の人かもしれない。
佐助は立ち上がろうとして地面についた手をずらし、その場に土下座した。
「あの!ホントごめんなさい!俺ちゃんと前見てなくて、その…ごめんなさい!許してください!!」
半ば叫ぶように謝る佐助を道ゆく酔っぱらいが冷やかすように眺めては立ち去っていく。
ふした佐助の頭上で溜め息がひとつこぼれ、目の前の革靴がしゃがみ込んだ。
「頭あげろ。」
「あの、ホント俺お金とか持ってなくてその、…怪我とか」
「おい、テメェなんか勘違いしてねえか?俺はヤクザじゃねえ。」
「…へ?」
とぼけた声を上げて佐助がようやく顔を上げる。
目の前にしゃがみ込んだ男は再び佐助に手を差し出した。
佐助はその左手にお手よろしく右手を乗せた。
その右手を握った男は、佐助を引っ張り上げて立ち上がった。
「テメェこそ怪我ねえか?」
「あ、…大丈夫、です。」
「そうか、気をつけてな。」
ポンと佐助の肩を押し出すようにして叩いて、男は立ち去った。
佐助はその背中を疲れと急な展開に回らない頭でぼんやりと見送り、自らも駅へと足を踏み出した。
そして、その一ヶ月後、佐助は美容師をやめた。


カリ、と小さな音を立てて短い爪が小汚い板張りの床を掻く。
俯せていた顔を上げ、緩く頭を振った佐助は、自分が帰ってきたままの格好で床で眠ってしたらしいことを認識した。
床に押し付けていた右の頬が軋むのを、奥歯を噛んでやり過ごし、床についたままの左手に力を入れて体を起こす。
わずかに揺れる頭を軽く振って左手で顔を撫でる。
窓が開いたままの室内は寒かったが、コートを着たままの佐助は座り込んだままポケットの中をまさぐって煙草の箱を引きずり出すと、1本を咥えた。
箱を小さなローテーブルに放り出し、唇の間に挟んだ煙草を意味もなく揺らした。
火を点けない煙草と唇の間で、懐かしい夢だったなと呟いてライターを探す。
コートのポケットからでてきた小十郎のものだったライターをそっと床に置き、続けてスーツのポケットを漁る。
アフターのあとに掴まされた数枚の札と一緒に出てきた水色の100円ライターで火を点ける。
ゆるく立ち昇る細い煙が、窓からの風邪にかき消されては流れてゆくのを眺めていた。
視界の端にはシルバーのライターがちらつく。
思えば、あの時から俺は彼が好きだったんじゃないだろうか。
その後再会することがあるとは思っていなかったから、なんとも思わなかっただけで。
実際、面接に出向いた俺を迎えた彼を見た時に、俺は彼をすぐに思い出したじゃないか。
それどころか、運命かもしれないなどと、少し、いや盛大に浮かれたじゃないか。
何かと世話を焼いてくれる彼を自分のものにしたいと、時を開けずに思ったのはそういうことじゃないのか?
会いたい。
床に丁寧に置いたライターを攫うように掴み、三分の一を灰にした煙草を咥えたまま佐助は立ち上がった。
長くなった灰がぽとりと床に落ちたのも気にせず、佐助は玄関へ向かう。
窓は相変わらず開いたままだった。
小十郎のことを思うと会いたくて仕方がなくなるのだ。
アパートの廊下から、夕焼けの断末魔に照らされた摩天楼が濃い影になるのを見た。
幸いにも、今日は二部での出勤だ。
小十郎の部屋へ行き、一部の時間に合わせて出勤する小十郎を新妻よろしく見送ってからシャワーを借りて出勤前に家に寄って着替えればいい。
急いたように錆びた古い階段を小走りに駆け下り、タクシーが拾える大通りまで弾むように駆ける。
愛されたい、愛されたい、愛されたい。
彼にだけ愛してほしい。
俺だけを愛してほしい。
望むのはそれだけだ。
ワガママでも、欲張りではない。
ああ、俺様ってすげえ謙虚。
乗り込んだタクシーに行き先を告げ、走り出した車内で呟く。
組んだ脚の爪先を焦るように揺らし、流れてゆく車窓を見つめる。
シートの上に投げ出した細い指先はとんとんとシートを叩き、ずり下がった腕時計が輝き出したネオンを反射する。


小十郎のマンションが見える。
我慢できずにタクシーを停め、小走りにエントランスへ向かう。
押し慣れた暗証番号を打ち込み、転がるようにして中へ入る。
エレベーターを待つ間ももどかしく、革靴の爪先を鳴らしていた。
辿り着いた扉の前で佐助はいつものようにインターフォンを押した。
早く小十郎の顔が見たい。
抱きついたら怒られるだろうか。
いや、たぶん殴られる。
それでもいいから、早くこの邪魔な扉を開けてくれ。
(いつだって開けるのは俺様だけど。)
しかし、待てど暮らせど鍵の開く気配はない。
とうとう愛想を尽かされたのか。
ぞわりと背筋を悪寒が走り、佐助は小さく肩を震わせた。
震える指先でもう一度インターフォンを鳴らす。
寒い。
やはり中から反応はなかった。
この扉を開けるために必要な鍵は持っているし、暗証番号も知っている。
しかし、佐助がこの部屋の内側へ足を踏み入れるには、小十郎の「佐助を迎え入れる意思」が揃わなくてはならないのだ。
左腕の時計に目をやる。
寝ている時間ではないし、出勤している時間でもない。
拒まれているのだろうか。
爪先から膝へ寒さが伝わり、スーツに包まれた小さな膝が震えた。
震えたままの指先で煙草の箱から新しい煙草を出し、口に咥えてライターを探す。
さっき唯一見つけ出した100円ライターは部屋に置いてきてしまった。
スーツの内ポケットに入れた小十郎のライターは使う気になれなかった。
咥えた煙草の先をふらふらと揺らし、箱に片付けようと口から離してはまた咥えて揺らす。
そのまま扉の前でぐるぐると円を描くように何周かまわり、再び扉と向き合うように立つ。
左手で煙草を取り、右の指先をインターフォンへ伸ばす。
これでも出てこなければ諦めて帰ろう。
貰ったライターと腕時計を郵便受けに放り込んで。
そして今日から店をバックレよう。
細い喉仏を上下させて渇いた口の中の僅かな唾液を飲み込み、佐助はインターフォンを押した。
たとえ一瞬だったとしても、審判を待つ地獄の時間は長く、耐えきれなくなった佐助は再び煙草を咥えた。
吹き抜ける風の冷たさに佐助が目を細めた直後、鍵が開く金属の音がした。
冷たいドアノブに両手で縋り付くようにして扉を開ける。
外より少しだけ暖かい室内に足を踏み込み、視線を上げる。
寝間着代わりのスウェットを履いた上半身裸の逞しい背中が居間の方へ消えていった。
出なかったのはシャワーを浴びていたからなのだろう。
暫く呆けていた佐助は、背後でドアの閉まる音を聞いて我に返り、安堵の溜め息を漏らした。
慌てて靴を脱ぎ散らかし、消えた背中を追う。
長い廊下の途中で滑って足をもつれさせながらも、小十郎が煙草をふかしてくつろぐソファの横に立った。
新聞を開いて社会欄を斜め読みしていた小十郎は、佐助の方を見ないまま口を開いた。
「3回も鳴らすなら入ってこい。」
「でも、」
言われた佐助はフィルターがふやけた煙草を右手で取り、言い淀んだ。
拒まれるのが怖くて、自分で鍵を開けることができずにいるなどと、口が裂けても言えるはずがない。
下ろしたままの小十郎の前髪から、逞しい胸元に雫が落ちる。
それを見つめていた佐助は、むしゃぶりつきたいと場違いなことを考えていた。
「何のために鍵渡してあると思ってんだ。」
「だって、」
「次からは一回で出なかったら勝手に開けて入ってこい。いいな。」
念を押すように小十郎の鋭利な視線が前髪の隙間から佐助へ向けられる。
カクカクとぎこちなく頷いた佐助はコートを脱ぎ、三たび煙草を咥えて小十郎の前に跪くと、小十郎の煙草の先から火を移した。
そのまま小十郎の足の間に背中を向けて座り込むと、小十郎の膝に頭を凭れさせた。
ゆっくりと吸い込んだ煙を、また時間をかけて吐き出す。
シャワーを浴びていたせいで高い小十郎の体温が、佐助の冷えたこめかみをじわりと暖めていく。
なぜか、佐助は少し泣きそうになった。
咥えたままの煙草から細く昇る煙を眺めて、蛍光灯の眩しさに眼を細める。
小十郎が灰が長くなった煙草を佐助の顔の横に差し出しながら、それで、と言葉を紡いだ。
「何の用だ?」
「抱かれに」
「今すぐ帰れ。」
受け取ったたばこの灰を灰皿に落とし、佐助は返事と共にそれを待っている小十郎の指に返した。
佐助から受け取ったそれを再び咥えた小十郎は、新聞を捲りながら言った。
佐助はまだ長い自分の煙草を灰皿に押し付けてから、小十郎を振り返る。
新聞を取り上げてその膝に乗り上げた。
小十郎は何も言わずに佐助の好きにさせている。
剥き出しの腹筋とスウェットのゴムの境目に左手をつき、右手で小十郎が咥える煙草を奪った佐助は、小十郎の吐息がかかるほど顔を近づけた。
「じゃあせめてキス。」
「どうしてそうなる。」
「そんな格好してるアンタが悪い。ヤりたい。」
「テメェは人の顔見ると二言目にはそれだな。」
「アンタにしか言わない。絶対。神様に誓ってもいい。」
皿に顔を近づけた佐助は、小十郎の耳に囁くが、当の小十郎に顎を押されて引きはがされる。
佐助の指先に挟まる短い煙草から灰が落ちて小十郎の腹を汚した。
「俺以外に頼め。」
「アンタ以外の男なんて興味ない。」
「じゃあ女だな。」
「アンタが俺のこと愛してくれたら幸せすぎて死んじゃいそうだから、愛してくれとは言わないけど、いや、愛してほしいけど、せめて傍にいさせてよ。アンタが欲しくて仕方ないけど、傍にいるだけで我慢するから。だからお願い、抱いてください。」
「言ってることが支離滅裂で訳がわからねえ。」
裸の胸にピタリと貼り付いてくる佐助のオレンジ色の佐助の頭を引き剥がそうとする小十郎の指先を器用に躱して、佐助は小十郎の胸に右耳をつけた。
小さな心音と、小十郎の呼吸の音が鼓膜を揺らす。
面倒になった小十郎は抵抗をやめてソファの背に頭を預けて天井を眺める。
横目で確認した時計は、出勤時間まではまだ時間があることを示している。
「代表。」
「あ?」
「せめてフェラとか…」
「いっぺん死ぬか?」
「代表に抱かれてからじゃないと死ねない。」
頬を引きつらせて返事を返しながら、小十郎は小さく溜め息を吐いた。
佐助の視界の死角で、小十郎の指先が握られる。
わかってねぇよ、と口の中で声にしないで呟いた小十郎は握り締めた指先を持ち上げて目頭を揉んだ。


佐助の相手をするのは、客の女を相手にするのとよく似ている、と思った。
好きだ好きだと喚く割には、相手の感情、つまり小十郎のそれを汲もうとはしない。
それが肯定、もしくは拒絶だと決めつけて疑わない。
佐助の場合は後者だ。
愛し愛されているというドラマのような幻想の恋愛に溺れるか、拒絶されてもなお愛し続けている自分に酔っているか、そのどちらかなのだ。
その勘違いなくしてはホストなどというふざけた商売は成り立たない。
相手が前者の場合、小十郎は相手が望むように偽りの愛情を惜しみなく注ぐ。
そこにはもちろん体の関係も生じてくる。
そして後者の場合には拒絶を正当化し、金だけを巻き上げる悪質な男を徹底的に演じてみせる。
ホストやキャバ嬢というのは、客という演出家の望むように演技をする俳優のようなものだと小十郎は思っていた。
それを従業員である佐助に施してやる理由はいくらもない。
いくら佐助がよく稼ぐとは言っても、佐助の下に控えている男たちもそれなりなのだ。
入店して半年後から不動のNo.3を維持し続けているとは言え、わざわざ言えの鍵を渡してまで繋ぎ止めておきたい理由など、小十郎の個人的な事情でしかない。
口を開けばヤりたいだの抱けだのと下品なことばかり口走る。
挙げ句の果てには抱いてくれないなら辞めるなどと喚き始める始末だ。
そんな頭のネジがゆるゆるで、1本くらいはどこかで失くしてしまっているのではないかと心配になるような男でも、いないと落ち着かない。
小十郎がこの部屋に上げるのは佐助だけだった。
酔っぱらって帰れないとだだをこねる佐助を面倒さにかまけて連れ帰ったのが始めだったが、そのあとも何かと理由を付けて佐助はここへ来たがった。
一緒にタクシーで帰り、ソファとベッドで別々に眠り、交代でシャワーを浴びて一緒に夕食を食べて出勤する。
それがいつからか佐助は押し掛けてくるようになり、いちいち鍵を開けるのが面倒になり、鍵を渡すまでになった。
今思えば、ここへ入り浸った佐助の計画的な罠だったのではないかとさえ思えてくる。
何年もひとりで暮らし続けた部屋に、気が付けば佐助の面影が落ちている。
それを見つけると実物がないことに戸惑う。
それが気持ち悪くて、わざわざ接客の真似事をしている自分に、小十郎は気付いている。


だんだん冷えてきた体をひとつ震わせて、着替えるために佐助をどけようとした小十郎は視線を落として溜め息を吐くと、脱力した頭を再びソファの背に乗せた。
静かになったと思っていた佐助は、小十郎の胸にくっついたまま眠っていた。
閉じた目蓋を彩る長い睫毛が小十郎の厚い胸板に影を落とし、華奢な背中が規則正しく上下している。
佐助が小十郎から奪った煙草は、佐助の指に挟まれたままフィルターの根元まで燃え尽きていた。
その煙草をそっと取り上げて机の上の灰皿に投げ、佐助の上半身をソファの余ったところに静かに転がした。
ん、と小さく唸った佐助はしかし、目を覚ますことなく体を丸めてまた眠り始めた。
膝の上に残ったしなやかな脚を自分が座っていたところに乗せて、自分はソファを降りる。
寝室で新しいワイシャツを羽織り、居間に戻って佐助の寝顔を眺めながら煙草に火を点ける。
吐き出した煙に霞む視界の向こうに薄くクマの浮いた端正な顔が眠る。
咥え煙草のまま佐助の長い睫毛とその下のクマを親指の腹で撫で、その指先を頬骨の目立つ白い頬に滑らせる。
わずかに身じろいだ佐助は、その手のひらにねこのように擦り寄ってくる。
苦笑いを浮かべた小十郎は咥えた煙草と唇の隙間で馬鹿野郎と呟く。
「わかってねえよ、テメェは。」
何にもな、と続けた小十郎は眠る佐助を尻目に出勤の支度を始める。
身繕いを済ませた小十郎は電気は点けたまま部屋を出た。
机の上には佐助が間に合うようにセットした目覚ましを残して。

End

拒絶だと思っていれば、傷は浅くて済むでしょう?

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