いつもの時間に出勤した小十郎は、カウンターに鍵を投げ出し、放り出されたままのシフト表を見る。
上から3番目、サスケと印字された右側の欄は×が4つ並んでいるコートを脱いで無造作にそこへ置くと、スーツのポケットから煙草を出した。
一緒に引き摺り出したライターは誰かが忘れていったスナックだかキャバクラだかの名前が入ったプラスチックのライターだ。
店の名前が見えないように手のひらの上で裏返し、箱から出した煙草に火を点ける。
カウンターの前だけが明るい店内に、煙草の燃える音が小さく響いた。


風邪を引いた佐助が小十郎の部屋に押し掛けてきてから4日が経った。
最初の一日は熱も高く、仕事を終えて帰宅した小十郎にも気付かないほどだった。
覗いた寝室のベッドの上では青白い顔の中で頬だけを赤くした佐助が出て行った時のままで眠っていた。
熱が下がり始めているタイミングだったらしく、長い前髪が汗で額に貼り付いていた。
居間のテーブルの上に手つかずで残されていたミネラルウォーターのペットボトルをベッドの脇のチェストの上に置いて、小十郎はソファで眠った。
その小十郎の腹の上に蹲って眠っていたのは二日目の昼だ。
熱のある熱い体をしているくせに、毛布の一枚も被っていなかった。
その佐助を叩き起こして買ってきたレトルトの粥を食べさせたが、皿の中をスプーンでかき回すだけだった。
インフルエンザかもしれないから病院へ行って来いと告げた小十郎に、保険証持ってきてないんだよね、と力なく笑った薄色の眸はぼんやりと遠くを見ていた。
小十郎が出勤の準備をしている間、ソファに寝そべったままテレビのチャンネルを無駄に回し、新聞を巨大な鶴に変える佐助にせめてベッドで寝てろと怒鳴りつけて家を出た。
昨日はもっと最悪だった。
家に帰るとテーブルの上には山のような朝食が準備されていた。
家で食事を摂らない小十郎の部屋の冷蔵庫には、水とビールくらいしか入っていないはずだった。
一体どうしたんだと問うと、暇だったからスーパーへ行ったと平然と返された。
小十郎はテーブルの上に所狭しと並べられた皿と食べてよと纏わりつく佐助を無視して寝室へ入り、着替えもしないで眠った。
ベッドは佐助の匂いが移っている。自分の家ではないような気がして落ち着かなかった。
そして、さっき目覚めた小十郎は、寝る前とは違う料理が並ぶテーブルの上に溜め息を吐き、それだけ元気なら今日から出勤しろと佐助に言い、佐助は俺様このまま代表の愛人になろうかなとふざけたことを言い始めた。
小十郎はそろそろ警察に通報するぞと凄んだが、佐助はホントは恋人がいいけど愛人で我慢するよ、と皿の上の卵焼きを摘んでいた。
再び皿と佐助を無視して風呂に入ることにした小十郎は、熱いシャワーを頭から浴びながら結婚どころか恋人もいないのに愛人はおかしいだろうと溜め息を吐く。
よくアレでうちのNo.3が勤まるものだ。
それとも客の前でだけは賢くなれるおかしな技でも身につけているのだろうか。
アイツのことならあり得なくはないなと考えて、シャンプーを手に取る。
風呂場のドアの向こうから体洗ってあげるよ、と声がしたのは無視して今日も欠勤のヤツに洗わせる体はねえなと溜め息を吐く。
小十郎が脱衣所に入った瞬間にトイレに駆け込む佐助が見えた。
大方今まで吐いていたのだろう。
風呂から出ると佐助は寝室のベッドで毛布に包まっていた。


手のひらの上で軽いライターを弄ぶ。
この間まで使っていたライターは佐助に上げてしまった。
特に思い入れがあった訳ではないが、この世界に入って初めての給料で買ったライターだった。
長いこと使っていたせいで、手に馴染まない軽いライターが気持ち悪い。
お揃いだと佐助がはしゃぐかもしれないが、帰りにでも買い直そうか。
そんなことを考えながら半分ほど吸った煙草をカウンターの上に置いたままになっている灰皿に押し付けて店の電気を点けてまわる。
厨房からグラスと灰皿を出してテーブルの上に並べる。
うんざりしているが追い出さないのは佐助の体調が悪いからだと自分に言い聞かせながら、最後の灰皿を置いた。
店の電話が鳴る。
「はい。」
『龍正会の鬼庭です。』
「表が開いてる。勝手に入ってこい。」
『あれ、機嫌悪いんですか?』
「おかげさまでな。」
そう言って小十郎は電話を切り、再び厨房に足を向けると冷蔵庫からコーラとミネラルウォーターを出して、カウンターの上の私物を端に寄せた。
電話の相手はケツ持ちを頼んでいるヤクザの若頭だった。
小十郎がこの街で働き出した時は使いっ走りだった男だが、気が付けば自分は代表になり、男は組長の代替わりと共に若頭になっている。お互い早い昇進だと思った。
「お邪魔しますね。」
「邪魔するなら帰ってくれ。」
ドアベルを鳴らして入ってきたのは小十郎と同じくらいの年の男だ。
実際の年は聞いたことがない。
黒のトレンチの襟を立て、濃いグレーのスーツに黒のサテンのシャツを合わせている。
襟のボタンと袖から覗くカフスに仕込まれたダミーのスワロフスキーが明るい店内の照明を反射して目が痛い。
色の白い顔はすっきりとした鼻梁と薄い唇がバランスよく並んでいる。
いかにも優男と言った風だ。
見た目だけではヤクザというよりはホストの方がしっくりとくる。
しかし、短い黒髪の下の切れ長の目が笑うところを小十郎は見たことがなかった。
いただくものさえいただければすぐに帰りますよと笑う男は、細いくせに力がある。
正確には力の使い方を知っているという所だろうか。
以前店でホスト同士がケンカになって店で暴れた際に呼び出した彼はどちらかと言えば華奢な部類であるその体躯で二人のホストをひとりで伸していた。
できれば敵に回したくないタイプである。
「どうやら機嫌が悪いのは本当みたいですね。」
「ああ、とっとと領収書置いて帰ってくれ。」
小十郎はカウンターの下から小さな金庫を出して分厚い封筒をカウンターに放り出した。
断りもなく当然のようにスツールに腰掛けてコーラを飲んでいた鬼庭は滑ってきたそれを受け取り、中から帯のついた札を出して数え始める。
「不機嫌の原因は何です?」
「おしゃべりなヤクザは愛しのぼっちゃんに嫌われて沈められろ。」
「残念ながらその坊ちゃんが今死にかけてるんで大丈夫でしょう。」
「どこかと揉めたのか?」
小十郎は水を舐めるように飲んで煙草に火を点ける。
ヤクザの抗争など興味は微塵もないが、店が世話になっているヤクザに万が一があると困る。
それとなく尋ねた小十郎の怪訝な視線が札束へ俯く鬼庭の横顔に投げられる。
鬼庭はそれを気にした様子もなく札束をはじきながらいいえと至極平坦な声で答えた。
「風邪なんですよ。熱が高くて唸ってたかと思ったら、今度はトイレとお友達です。食べてもすぐに吐くもんだからお腹が空いてイライラしちゃって。そんな成実さんも可愛いんですけど、若いのに八つ当たりするんで大変なんです。」
「それで珍しくテメェがひとりで集金か。」
「いつも連れてるのが足を折った。」
年の割には童顔で、二十歳をすぎた今でも年齢確認をされると大騒ぎしていた小柄な坊ちゃんを思い出し、どんな八つ当たりだ、と口の中で煙に混ぜて沈黙を吐き出す。
見た目の年齢云々以前に、精神年齢が子供レベルの彼が八つ当たりをする姿は想像に難くないが、いつも来ている暴走族上がりのような若い男のことだ、何かマズいことに手でも出して目の前の男に足を折られた可能性もある。
龍正会は今時珍しくクスリをしのぎにはしない昔気質のヤクザなのだ。
若いのがすぐにいなくなるのも頷ける。
鬼庭は最後の一枚を指ではじくと「確かに」と札を僅かに掲げて封筒に戻してからスーツの内ポケットに落とし、入れ違いに煙草の箱を出す。
一本出して咥えると箱をカウンターの上に投げ出した。
小十郎が反射的に寄せた火に顔を寄せる。
煙を吐き出して小十郎の手の中のライターを目を細めて見つめた。
「ライター、どうしたんです?」
「やった。」
へえ、と呟く鬼庭の切れ長の瞳が好奇心に輝く。
長い付き合いになるこの男は、小十郎があのライターを随分長く使っていたことを知っている。
小十郎はその好奇の目から逃れるように視線を手のひらで弄ぶライターに落とした。
「誰に?」
「今うちのマンションで坊ちゃんと同じ目に遭ってるバカ野郎。」
「とうとう小十郎にも女がねえ…てっきりお仲間だと思っていたんですけど。」
そうですかと呟いた鬼庭はカウンターの重厚な木目を見つめた。
彼の関節が目立つ細い指の間で煙草が揺れる。
鬼庭が自分の親分である若い組長とデキていると言うのは龍正会に世話になっている店の者はもちろん、他の組でも有名な話だ。
なんせわざわざ代替わりの挨拶の場で言ってまわったくらいだ。
一方の鬼庭は、自分の急な昇進は名実共に自分を傍に置いておきたい成実さんのわがままだと苦笑していた。
その苦い笑顔に滲んだ誇らしげな空気を、小十郎は今でも覚えている。
一方の小十郎が性別はどうあれ、特定の相手を作らないのは面倒だからだ。
昼夜の逆転した生活と、幹部とは言えホストという生業が小十郎から恋愛と言うものを遠ざけていた。
現役プレイヤーだった頃はとてもじゃないが恋愛など出来るはずがないと思っていた。
そもそも、恋愛など金をもらっての疑似恋愛だけで十分だ。
周囲には特定の女がいながらも、客にはいないと言い続けて仕事をするホストがいたが、彼女と揉めて辞めていくか、もしくは長続きせずに別れるかのどちらかだった。
そんな男たちを見ていた小十郎は、男のわがままやプライドに惚れた女を付き合わせるのはいかがなものかと思ったものである。
小十郎は短くなった煙草を消し、新しい灰皿を鬼庭の前に差し出して水を飲んだ。
「残念ながら男だ。」
「あれ?じゃあやっぱりお仲間なんですか。」
「別に付き合ってるわけじゃねえし、男が好きなわけでもねえよ。」
「まあ女から月2000万巻き上げてたあなたが女嫌いって言うのも納得いきませんしね。留守にしてる自宅に置いておくくらいには彼のことを気に入ってるようですけど。」
「勝手に上がり込んでくるだけだ。」
そう言って違うと思った。
佐助は一度も合鍵を使ったことがない。
少なくとも小十郎が部屋にいる時は。
部屋に上がればいつも我が物顔で小十郎の膝に乗り、テレビのリモコンを握り締め、雑誌を読んでビールを飲んでいる。
しかし、その態度とは裏腹に部屋に入るかどうかだけは小十郎の許可を待っている。
まるで小十郎の許可を待つように、扉の前で立っている。
エントランスは勝手に抜けてくるくせに、部屋の鍵だけは小十郎に開けさせるのだ。
その距離感がいっそう小十郎を躊躇わせていた。
黙った小十郎を眺めていた鬼庭が小さく笑う。
「惚れてるんですか?」
「わからねえ。我が物顔で家に居座るし、二言目には抱けとかヤらせろとか愛人にしろとかそんなんだ。うるさくて仕方がねえ。でも、いなくてもうるせえんだ。」
「いなくても?」
「…家が静かすぎて落ち着かねえ。」
鬼庭がクスリと笑った。
それ、まるで俺じゃないですかと。
箱から出した煙草を弄んでいた小十郎の指先が止まる。
それを見ていた鬼庭は唇に柔らかな笑みを浮かべてカウンターに視線を落とし、短い爪で木目を引っ掻いた。
「最初はめんどくさくて煩くてどうしようもなく邪魔なんですけどね、それに慣れてくると寂しくなってくるんですよ。ほだされるって言うか。それでついつい甘やかして、調子に乗られてさらに煩くなって、そのうち一時も手放せなくなる。」
この間先代に甘やかしすぎだって叱られましたよ、と苦い声を上げた鬼庭は彼を思い出したのか滅多に表情を見せない眸を伏せて短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
鬼庭はそのまま新しい煙草を箱から取り出した。
小十郎が差し出した火を手のひらで断わり、丁寧に磨き込まれたデュポンで火を移し、その火を小十郎に差し出した。
小十郎は持っていた煙草を咥えて先を火に翳した。
「相手がその気なんだったらとっとと抱いてモノにしてしまえばいいでしょう?向こうはどうあれあなたは童貞ってわけでもないでしょう?」
「俺にはテメェみたいな略奪趣味なんかねえよ。」
「まるで俺が犯罪者みたいな言い方しますね。」
「犯罪者もヤクザも大差ねえだろ。」
「ウチは限りなく白に近いグレーなヤクザです。まさか店子だから手が出せないとか?」
流れる水のように滑らかに続いた会話の応酬が小十郎の沈黙で途切れる。
カウンターをコツコツと指先で叩いていた鬼庭が顔をあげ、表情の抜け落ちた目で小十郎を見た。
見透かすように透徹した視線に、半分はあたりだと観念した声を絞り出した小十郎に向かって、鬼庭が身を乗り出す。
「冗談のつもりだったんですけど…本当なんですか?」
「…ああ。」
「どの子です?」
「…よく稼ぐ。先月は一千万に乗った。」
「そりゃうっかり手も出せない、か。」
煙を吐き出しながら言う小十郎に、体を元の場所に戻しながら大仰に肩を竦めてみせた鬼庭はスーツのポケットの中から小さな封筒を出し、その中から250万の領収書を出して小十郎の前に押し出した。
それを摘まみ上げた小十郎は出したままの金庫にそれを押し込み、鍵をかけてカウンターの下へ戻した。
そろそろ店を開ける時間だ。
「コーラ、ご馳走様でした。あと、珍しいものも。」
何の話だと凄んだ小十郎に、恋に悩む小十郎なんて珍しくて今頃成実さんがすっかり全快してるんじゃないかと思いますよ、と鬼庭は笑った。
うるせえと俯いた小十郎は唇の間に咥えた煙草の先を揺らした。
「坊ちゃんにお大事にって言っといてくれ。」
「あなたにも八つ当たりの電話をかけるかもしれませんよ?」
「今のはなしだ。」
鬼庭が言い終わるより早く言った小十郎はカウンターに肘をついた左手で両のこめかみを揉んだ。
鬼庭は小さく笑ってカウンターの上の灰皿で煙草を消すとのんびり立ち上がってじゃあまた来月、と言って店を出て行った。
再び静まり返った店の中で小十郎はグラスに残った水を飲み干す。
それができたら苦労してねえよと消えた鬼庭の残像に呟く。


小十郎の経験則で言うと、佐助のようなタイプは追われると逃げるのだ。
少しでもこちらが佐助に好意を持っていると嗅ぎ付けると途端に興味を失う。
よく2番目にしかしてもらえないと嘆く女がいるが、それは追いかけることが愛だと勘違いしている自分に理由があることには気付いていない。
どうしても落とせない相手だから欲しくて仕方がないだけであって、手の届かない相手を欲しがって努力しているように見える自分が好きなのだ。
落ちてしまえば用はない。
恋が愛へと変わることはないだろう。
佐助が自ら部屋に踏み込むことをしないのは、小十郎に拒まれる自分を確かめるためだと思う。
許しているように見えて、許されてはいないのだと、自分への戒めのように扉の前に立ち続ける。
あの部屋の扉は、小十郎の裡と外を隔てる何かの象徴なのだろう。
全力で愛を叫ぶ佐助の姿にほだされていないと言えば嘘になる。
それでも全てを受け入れてやれないのは、ここであの男を潰すのは惜しいと思う上司としての小十郎と、離れてくれるなと心の片隅に願う男としての小十郎が騒ぐからだ。


佐助は売れる。
そう思ったのは2回目に出勤してきた時だ。
面接の時に何かに追われるような切迫した緊張感を背後に背負った華奢な体は、何でもします、と震える唇で言った。
追いつめられた男なのだと思った。
その事情を聞くことはしなかったが、それが今までこの男を生かしてきたのだろうと思った。
売れはしない。
それがその時の率直な感想だった。
ホストクラブの面接に来て、何でもしますなどと言う男を小十郎は見たことがなかった。
求人に出している時給は実際よりも少し高い。
いい面だけを謳ったその広告を見てなめた態度で面接に来る男はいくらでもいたが、そんな男は大抵すぐに辞めていく。
ナンバーが辞めた直後で店の内部がごちゃごちゃしていたこともあって、長く続くならそれでいいと思って雇ったのが佐助だった。
売れなければボーイにでもすればいいと思っていた。
翌日、息を切らせて出勤してきた佐助に最低限のイロハを叩き込み、自分の客を呼んでヘルプとしてつけさせた。
小十郎とは長く続いている客だった。
色恋でもなく、ただ若い男をからかって遊びたいだけの女だ。
小十郎が若い頃は散々いじめられたが、今は別のホストとよろしくやっているのだろう。
イベントなどで声を掛けた時だけは義理堅く来てくれる客だ。
新人が入ったから新人教育に付き合えと送ったメールには、アンタもえらくなったわね、と返事が返ってきた。
ヘルプの仕事ができないホストは、いくら顔が良くても客がつかないのだ。
客と本指名ホストの邪魔はせずにテーブルの上を片付けて相槌を打ち、ドリンクを取る。
決して簡単なことではない。
本指名のホストが席を外せば間を持たせなくてはならないし、場のテンションを下げるわけにはいかない。
それでも客に惚れられてはいけないのだ。
小十郎は散々いじめられる佐助に助け舟のひとつも出さずに、自分はのんびりとボトルの酒を舐めていた。
それでも佐助はぎこちない接客でどうにか一日を乗り切った。
次に出勤してきたとき、小十郎はNo.1の政宗のヘルプに佐助をつけた。
用事がある風を装って何度か通り過ぎた佐助の後ろで、小十郎は売れるなと思ったのだ。
色恋で政宗にべったりの客をうまく躱し、指名が被って政宗が席を外していても客のテンションを維持する。
テーブルの上も悪くない。
挙げ句の果てにはヘルプ指名を取ってきた。
そして、気付けばNo.3である。
政宗はホストの嗅覚で佐助の本質を見抜いたのか、最初から嫌っていた。
ヘルプに着けるなとキツく言われたのは一ヶ月が過ぎた頃だったか。
僅か半年で新規の客を次々と自分のものにして800万を売り上げたのには小十郎も驚いた。
化ける、そう思ってずっと可愛がった。
それでも佐助はいまだに元親を越えることはない。
佐助が自分のことを好きなのならば、自分をエサにしてでも頂点を見せてやると思ったが、予想外の事態に陥っている。
その男を、自分のものにしたいと願う自分がいる。
ホストとしての佐助ではなく、ただの男としての佐助を欲しいと思う自分がいるのだ。
佐助も、自分の気持ちも、どう扱えばいいかわからない。


苛立ちを込めて短くなった煙草を灰皿に潰す。
途中で折れた煙草が茶色の葉を撒き散らして醜く絶えた。
そのままの姿勢で動かない小十郎の背後で扉が開き、おはようございますと一番のホストが出勤してくる。
今日は眠くとも二部のラストまでここにいよう。
そう考えながら手を挙げるだけでホストの挨拶に応える。
佐助のいる部屋に帰るなり、坊ちゃんよろしく八つ当たりをしてしまいそうだった。
原因のわからない焦燥が小十郎の胸を焼く。
それはチョコレートを食べ過ぎてしまった時のようにじわじわと小十郎の胸郭を侵して胃に落ちる。
明るいカウンターで目を閉じた小十郎は奥歯を軋ませた。

End

確かめる勇気がないのはお互いさまだというのに

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