- 日に日に悪化していく豊臣会との関係が、政宗の生活を圧迫していた。
どちらが傘下に入ろうがどのみち火種となることは明らかなのに、それでもなお続く潰し合いのせいで、政宗はおちおち一人で出歩くことも出来ない。
それは次代の若頭となるべくして生まれた成実も同じようだったが、学校までの送り迎えが毎日欠かさずいるのが余程楽なのだろう、政宗とは違って喜んでいる節がある。
しかし、喜んでばかりもいられないのが若い二人である。
ほとんど自宅で軟禁に近い生活を送るようになってそろそろ1ヶ月が経とうとしている。
「なあ、政宗。ひま。」
「残念だな、俺もだ。」
「実家帰ろっかなー。」
「そうしろ。お前の顔見てるとイライラする。」
「ちょ っと政宗くん酷くねえの?」
ゲームのコントローラーを投げ出した成実が苦笑して言うのを、あからさまに不愉快な顔をして一瞥した政宗は煙草に火をつけた。
ゲームに飽きたらしい成実はのっそりと立ち上がり、冷蔵庫の中から缶ビールを二本持ってソファに沈む政宗の隣に座った。
「まあ、機嫌直せよ。」
差し出された缶ビールを奪うように受け取り、開けたそれを一息に煽った。
同じようにビールを煽った成実がコツンと缶をテーブルに置き、テーブルに積んである雑誌を膝の上でパラパラと捲る。
ポーズ画面になったままのテレビを睨み付けている政宗の横顔をちらりと盗み見た成実がため息を飲み込むようにビールを煽る。
「何をそんなにイライラしてんのよ。デートでもしてこれば? 例のサナムラくんと。」
「真田幸村だ馬鹿。それに家から一人で出られねえのにどうやって出かけるんだよ。」
「あ、そっか。じゃあ連れ込めば?ユキタくん。」
「お前、わざとだろ…。」
「だって俺会ったことないし。ヤマダくん。」
原型を留めない名前で呼ばれた青年を思い出す。
最後に会ってから一月以上たっているが、困った子犬のように政宗を窺う切れ長の瞳が脳裏に焼き付いて離れない。
「落とせそうなの?」
政宗の感傷には気付きもしない成実が隣で缶ビールを煽りながらゲームをリスタートさせる。
RPG独特の緩やかなBGMにかぶせるように問う成実に、どうしてここまで見当違いなのかとため息をつきつつ持っていた缶ビールを舐めるように一口飲んだ。
「落とすも落とさ ねえもねえよ。そんなんじゃねえし。」
「好きなんだろ?イケダくん。」
真田な、と心の中でだけ訂正を入れてどうだろうと考え込む。
好きというよりはただ気になるだけのような気もする。
気にはなるが、自分のような男が触れていい相手ではないと政宗は思っている。
「認めちまえよ。楽になるぜ。」
「もしそうだとしてもどうにかなれる相手じゃねえよ。」
「なんで?」
迷った、と同じ場所をぐるぐる回るキャラクターに成実が小さく舌打ちし、コントローラーを政宗の手に押し付けた。
やれということらしいが、こんなことは今に始まったことでもないので政宗は適当にキャラクターを進めていく。
答えない政宗に退屈したらしい成実がなんで、と再び問うた。
「検事になろうって人間と、ヤクザが仲良くできると思うかよ。」
「仲良くしとけよ。後々助かることもあるだろ。ていうか検事志望なのか、トキタ。」
「そんなことに利用していい相手じゃねえよ。」
どっやら元の道に戻ったらしい画面を確認してコントローラーを成実に押し付けた。
「そのつもりもないのに検事にしてやろうなんて、政宗くんはお人好しだな。」
「なんとでも言えよ。」
「ヤクザ向いてねえよ、政宗は。」
「おい、現役ヤクザだぞ。」
「じゃあ、ヤクザらしく突き放しとけよ。自分から弱み作ってどうすんだ。ただでさえ組長になって下の奴らの面倒見なきゃいけねえのによ。」
付き合わせたいのか、離したいのか、成実の意図が理解出来ずに政宗はため息を隠すようにビールを煽る。
成実のいうことは最もだが、気になるものは気になるのだ。
自分でどうこうできる類の感情ならとっくにどうにかしているし、こんなにも悩まない。
だから、望まれれば手を差し伸べてやれる場所でただ傍観しているだけというスタンスを貫いているのだと、隣で缶ビールを飲みながらゲームをしている成実に怒鳴りつけたい気がしたが、面倒臭くなってそれもやめた。
「お前は、居ないのかよ…好きなやつ。」
「いねえよ。男だろうが女だろうが、俺みたいな出自の人間とどうにかなってそいつが幸せになれると思う?不幸な人間を量産するほど俺は極悪人じゃねえよ。」
それに、体だけならこと足りてる。
諦観と嘲笑を混ぜたような歪な表情で言った成実が画面を見つめる横顔を見ていた政宗は、成実の方がよっぽど極道として生きていく覚悟を決めているのだと思う。
自分のように中途半端にカタギに憧れながら、後ろめたい気持ちを隠して裏街道を歩いているような、そんな中途半端さは持ち合わせていないのだろう。
諦めが早すぎるのも困りものだが、諦めが悪すぎるとこうして泥沼にはまるのだ。
そしてなにより、構成員でありながら詳しい状況を知らせようともしない父親の優しさという名の甘さに散々甘えてきたツケが、今この状況を産んでいるのかもしれないと少しだけ思った。
そんなある日、成実とともに事務所へと呼ばれた。
まだ構成員というわけでもない成実も一緒なのが気になったが、迎えにきた綱元の運転する車の後部座席で成実にしては珍しくじっと黙っていたのをよく覚えている。
昨夜は部屋で父親である若頭と電話で揉めていたようだったし、成実が何かやらかしたのかもしれない。
事務所に着くなり奥の応接室に通され、父と若頭だけがそこに残った。
しんとした張り詰める空気の中で、最初に口を開いたのは父だった。
「豊臣会と漸く和解できそうでね。今日はその話をしたい。」
「…和解?」
政宗の細い眉が跳ねるのを横目で見ていた成実の拳が膝の上で白くなるほどに握られた。
長年覇権を争ってきた龍正会と豊臣会が今更どうやって和解するというのか。
政宗たちが軟禁に近い状態になったのも、元はと言えば豊臣会の下っ端十数人がが派手に暴れ回り、それを若頭がひとりで叩きのめしたのが始まりだったはずだ。
それでもなお強気な豊臣会に、どうにかしろと言い始めたのが一ヶ月と少し前。
ウチのメンツはどうなると豊臣会が開き直ったのが数週間前。
修正不可能と思われた関係を今更修復できる余地などどこにもない。
あの手この手を使って金を儲けている豊臣会とは違い、昔気質のこの組が金に汚いあの組を黙らせるだけの財力があるとは思えない。
ハッとした政宗はソファに座る父の斜め後ろに立つ若頭の手元を見た。
しかし、両手の指はきちんと5本ある。
一体何を差し出してこの争いを収めるというのか。
いつもうるさい成実がただじっと黙っているところをみるに、成実は何か知ってるのかもしれない。
心臓が恐ろしいほどに早鐘を打っている。
「成実くんに、豊臣会へ行ってもらうことになった。 」
「は?」
振り返った成実はじっとテーブルの上の灰皿を見つめたまま動かない。
若頭はじっと爪先を見つめているが、父だけが静かに、それでも有無を言わせない強い瞳で政宗の隻眼を見つめている。
「豊臣会がね、それで折れると言ってきた。若頭をよこせというのも、跡目をよこせというのも忍びないが、若頭の息子さんなら文句はないと。」
「だってそれは向こうが…!!」
「私たちが手打ちにしたからと言って、関わる全ての人間が納得するわけじゃあない。向こうの怪我人の中に若頭補佐がいてね。腰を痛めて隠居だそうだ。ウチは大事な成実くんを失う。痛み分けということだよ。」
諦観と嘲笑を混ぜたような声でいった父に、いつかの成実の声が重なった。
その成実は一切の動きをやめて唇を真一文字に 引き結んだまま政宗の横に座っている。
まるで、置物のようだと思った。
「成実は、納得してんのかよ…。そんなの、あんまりだろ。」
そんなのはただの人質だ。
そうは思ったが受け渡しされる本人を目の前にして言葉にすることは憚られた。
じっと押し黙ったままの成実の名を、若頭が呼んだ。
一度薄く唇を開き、ゆっくりと空気を吸って肺を膨らませた成実が掠れた声で話し始めた。
「俺ひとりで、この組が助かるんなら、…それが俺の存在価値だろ。」
しかたねえよと最後に呟いて、そして成実は再び押し黙った。
「成実くんには、本当に申し訳ないと思っているけれどね、身内を切ってでも私らには守らなきゃならないもんがあるんだよ。」
「わかんねえよ、そんなもん…。何を守るんだよ。成実ひとり守れないアンタが、一体何を守るって言うんだよ!!言い訳ならもう少しまともに言い訳しろよ!!何が申し訳ないだ!!そう思ってるなら何が何でも成実も、アンタの言う守らなきゃなんねえもんも守ってみせろよ!!」
ソファから立ち上がって喚く政宗のジャケットの袖を、隣に座っている成実が引いた。
「諦めろよ、政宗。」
温度のない瞳で、呟くように投げられた言葉が政宗の怒りになお一層油を注いだ。
「何を諦めるんだよ。散々俺たちふたりでがんばれだのなんだの言っておいて、いざ俺たちが腹括ったら成実がいなくなるだ?寝言は寝てから言えよ。叔父貴だって、それでいいのかよ。成実はアンタの息子だろ!!アンタを嵌めた連中に大事に育てた息子持ってかれ て悔しくねえのかよ!!」
喚きすぎて掠れた喉が痛い。
何か言いたげに鋭さを増した若頭の目にも怖じ気づくことなくそれを見つめ返す政宗の隻眼が室内に残った三人をゆっくりと見回した。
「俺は、絶対に認めねえからな。」
「政宗、気持ちはありがたいけどな、俺は俺にできることをやるだけなんだ。親父やおじさんだって、やりたくてやるわけじゃねえんだよ。お前だってヤクザの端くれならわかるだろ。やったことの責任とらなきゃなんねえんだよ。俺は少しそれを手伝うだけだ。親父は、ここに必要なんだ。だから俺がいくだけだ。親父さんも、よくもまあ一滴の血も流さずにここまで漕ぎ着けたよ。それでいいじゃねえか。もう俺たちは守られてるだけのガキじゃいられねえんだ。子供みたい に喚いたって、どうにもなりやしねえ。それならどうにかなるように喚けよ。」
淡々と語る成実の声からは一分の本心も窺えなかった。
本当にそれでいいと思っているようで、それでも本当は厭だと言って欲しいと心の片隅に願っている。
その願望が膨れ上がり、目前に突きつけられた現実と倒錯して、夢と現実の境目がわからなくなっていく。
「だからって、お前ひとりが背負うようなもんじゃねえだろ!」
成実に縋り付くように喚いた言葉は、やはり届かなかった。
ゆっくりと立ち上がった成実はジーンズのポケットから出した煙草の箱から最後の一本らしいそれを出して唇に咥えて箱を握りつぶした。
「俺が親父だって認めるのはそこにいる馬鹿親父とお前だけだよ。心配すんな、死ぬわけ じゃねえ。そんなに俺がだいじなら俺を連れ戻してくれ、十代目。」
そう言って握りつぶした空き箱をテーブルの上の灰皿に投げた成実は部屋を出て行った。
一瞬入り込んだ外の喧噪が消えると、部屋の中は耳を塞ぎたくなるほどの静寂抱けが残る。
「なんだよ…十代目って。ふざけんじゃねえよ。解散しろよ、こんなもん。真っ当に生きていけないろくでなしが群れてるだけじゃねえかよ。そんなんもんのために、アイツの人生、潰すつもりかよ…」
崩れるようにソファに座り込んだ政宗が震える声で言った。
父が後ろに控える若頭をちらりと振り返ると、若頭は何も言わずに出て行った。
「政宗、お前は私をろくでなしだと思うか。」
「ああ、軽蔑した。見損なった。アンタがそんな人間だと 思ってなかった。」
「私がお前くらいの年の時、今のお前と同じように思った。目の前で可愛がっていた男の指を落とさせたときだ。まさか自分の父親がそんな冷酷な人間だとは思わなかった。」
「アンタは冷酷どころか最低だ。アンタも、叔父貴も、最低で最悪だ。」
政宗の言葉に苦笑した父はそうだなと呟いた。
「私は最低だ。弟に、息子を失わせた。だが、それでも仕方がないと言った若頭の覚悟やメンツはどうなる?行くと言った成実くんの覚悟は?私の覚悟やメンツはどうなる?」
「覚悟だのメンツだのがそもそもくだらねえ。気に入らねえし、それが一体どれだけの価値があるんだよ。成実ほどの価値もねえ。」
「そのくだらないものに命をかける人間がいることを忘れちゃあいけない 。成実くんが行かなければ、彼は父親を失うかもしれない。その父親のために何人もの男が命を捨てるかもしれない。そうなれば私はもちろん、お前の命にも危険が及ぶだろうね。戦争が起こる。成実くんはそれを理解して、行くと言ったんだよ。」
「それ以外にも、解決する方法はあっただろ!!」
「政宗、私は最低だ。それでも構わない。ただね、成実くんの覚悟を無駄にはしないでやって欲しい。いずれお前はこの組を継ぐだろう。数百人の構成員の頂点に立ったとき、お前が望むならば成実くんとこの組を引き換えにすればいい。私にも、若頭にもそれができなかった。」
できなかったんだよ、と呟いた父の目が悲しげに伏せられる。
ああ、彼も年を取ったのだなと思った。
無鉄砲ではいられ ない。
数百の構成員の生活だけではない、命まで預かった男は、いつでも争わずに済む方法を考えなくてはならないのだろう。理解はできた。
「帰る。」
吐き捨てるように言って部屋を出た。
応接室のひとつ外の部屋に、成実と若頭の姿はなかった。
運転手を言いつけられたらしい綱元が立ち上がり、帰られますかと聞くのを無視して事務所を出る。
後ろから追いかけてくる綱元の足音を聞きながら、溢れ返る繁華街の喧噪の中で立ち尽くす。
「政宗さん、ご自宅に…」
「いい、今日は帰らない。」
「ですが…どちらへ?」
「成実に、会いたくねえ。適当に時間潰して帰るから、今はひとりにしてくれ。」
話は聞いているらしい綱元が背後で押し黙るのがわかった。
綱元が絞り出す ような声でお気を付けてと頭を下げる気配に頷くことで応えた政宗は歩き出す。
行く宛などないが、幸村に会いたいと思った。
叫びだしそうな奥歯を噛み締めてスモッグに曇った空に反射するネオンを見上げる。
ポケットから出した携帯で幸村の番号を呼び出して携帯を耳に当てた。
数回の呼び出し音のあと、留守電の音声が流れたが、一瞬で途切れたその音の向こうに幸村が出た。
『もしもしっ!』
「寝てたか?」
『いや、どうかされましたか?疲れておられるようですが…』
「はは、アンタは賢いな。」
『電話などしてる場合では、』
「逢いたいんだ、アンタに。ものすごく。」
疲れたと言葉にした瞬間、恐ろしいほどの疲労が背中にのしかかる。
もう一歩を踏み出すのさえも 億劫で、道ばたにしゃがみ込んだ。
『だ、伊達殿…?』
「ちょっとだけ、逢えねえか?迎えにいくから。」
電話の向こうで幸村が押し黙る。
困らせてしまったかもしれないと思って、謝ろうとしたとき、少しだけならという小さな声が返ってきた。
都内のホテルで落ち合う約束をして政宗は電話を切った。
のっそりと立ち上がり、スーツのポケットに財布があることを確かめた政宗は、ついでのように出した煙草を咥えて歩き出す。
何も考えたくない。
いなくなってしまう成実のことも、突然現実味を帯びた十代目も、父親にできなかったことが自分にできるのかも。
すべてが冗談だったと言って欲しいが、それは現実として起こった出来事だ。
それならばせめて、どうすればいいのかを考える時間が必要だと思った。
咥えた煙草の先にライターの火を寄せる。
大通りを走る車のクラクションが尾を引いて消えていった。
待ち合わせたホテルのロビーに現れた幸村は、白のこざっぱりとしたシャツと洗いざらしのジーンズと言う身軽な出で立ちだった。
背を丸めて入ってきたロビーのソファに座って煙草を燻らせていた政宗を見つけるなり、ちぎれそうなほどに振られる尻尾が見えるようだった。
「早かったな。」
言いながら煙草を消して立ち上がった政宗はカウンターからスイートの鍵を受け取ってエレベーターホールへと向かう。
「どこかへ行くわけでは…」
「悪いな、今外うろうろできる身分じゃねえんだ。」
そう言って迷わず26階のボタンを押した。
「何があ ったか聞いても…?」
「くだらねえ揉め事だ。アンタには迷惑かけねえから安心しな。」
そう言って黙り込んだ政宗に、幸村はかける言葉を持たない。
いつも救われてばかりの自分だからこそ、こんな時くらい何かしたいと思うのだが、気持ちが先走るばかりでどうすればいいのかがわからない。
沈黙の間に着いた26階の廊下を進んでいく背中は酷く疲れていた。
鍵を開けて中に入るなり、幸村息を呑む。
ホテルのスイートなど、初めて入った。
整えられた調度品や、一面の窓の向こうの輝く夜景がこの部屋の値段を物語っていた。
「食いたいものあったら、ルームサービス取れよ。晩飯まだだろ?」
「え、あ…伊達殿は?」
「政宗でいい。俺は適当に頼むから、気にするな。」
窓のそばで外の夜景をぼんやりと眺めている幸村にそう言ってソファに沈んだ政宗はゆっくりと目を閉じた。
どうすればいいのかわからない幸村はただそこに立ち尽くして己の無力さを呪った。
外に出られるような状況じゃないという男は、一体何を求めて自分を呼び出したのだろう。
酷く憔悴した様子の政宗の黒髪に触れた。
うっすらと目を開けた政宗の左目が無表情に幸村を見上げ、立ち尽くすだけの幸村の手を握った。
政宗の助けなしには自分の目的でさえ達成することのできない自分が、誰かのために何かをできるとは思えないが、この聡い男が自分を呼び出したのにはきっと訳がある。
そう信じることでしかその場に留まることもできなかった。
「伊達殿…あの、疲れているのなら少し眠った方が、」
「いい。今は、どうするべきか考える。」
「あの、俺でよければ、話くらいは…その」
聞いたところでヤクザの世界の揉め事を片付けられるような力は持ち合わせていない。
しかし、吐き出すことで政宗が少しでも楽なるのならと思って言った言葉だった。
それに政宗は応えず、緩く握った指先を引いて幸村を隣に座らせた。
「呼び出しておいて言うのもなんだが、アンタがどうにかできる話じゃない。俺にもどうしようもないことなんだ。それでも、少しも抗わない奴らがいる。俺はそれに、絶望してる。逃げ出してアンタをここへ呼んだ。別に取って喰おうってわけじゃない。ただ、あんたに会いたいと思ったんだ。アンタに何かして欲しいわけじゃない。」
言いながら絡む指先を眺めていた幸村は、政宗が深く傷付いているのだと思った。
疲れているのかもしれないが、何より深く傷付きその傷を持て余しているのだ。
初めて政宗に逢った日の自分のように。
何かに酷く傷付いて、絶望して、そして自分の無力を呪っているだけだと。
あの日の彼のように、何かしてやることもできず、気の利いた言葉のひとつも持たないが、ただ彼が望むように傍にいることはできる。
たったひとり堕ちていく絶望の底で、寄り添うことはできる。
政宗がそこから這い上がるための希望を見つけるまで、その隣にいることが彼の望むことならば、たいしたことではない。
しかし、傷付いた人間を目の前にして何も聞かずにただ寄り添うというのは、思ったよりも辛いことだった。
無力感に苛まれ、幾度も声を掛けようとして思い直す。
話してくれればいいと思ったが、政宗はただソファに体を預け眠るでもなく目閉じて黙っているだけだった。
緩く絡んだ指先を握り締め、幸村は寄り添う人の強さを想った。
End
あなたの幸せ願うほど、わがままが増えてくよ。