敷布の上にだらしなく長い手足を投げ出して俯せていた忍は、億劫そうに髪を掻き上げた。
そのまま腕に顎を載せて首を傾げる忍の貌には先程までの情事の残り香が気怠げな艶となって蟠っている。
しかし全裸の上に夜着を引っ掛けただけの右目を見遣る視線は先までの熱が嘘のように引いた無感情であった。
右目を見ているはずの視線は、しかし、何処かぼんやりと遠くを眺めるように虚ろに何かを見詰めている。
腰から下にだけ申し訳程度に掛けられた薄い布に蝋燭の灯りが陰影を描くのを眺めていた右目が不意に忍に視線を合わせた。



「どうした。んな顔して。」
「別に。」



忍を見遣り、その煤けた赤髪を撫でる指先は酷く柔らかく忍の視線に温度を分け与えるように動いた。
満更でも無さそうに右目を見上げ、忍は甘えるように頭を載せていない腕を右目へと伸ばす。
その仕草が酷くいとけなく、厳つい忍装束と忍化粧の無いただの青年となった忍を年相応に見せ、右目は安堵の溜息を漏らした。
その女のように白い指先を捕らえれば、忍の眸がゆるりと弧を描き確かめるように細く節くれた指先が絡まる。
密やかな情を交す二人に似合いの控えめなその体温の交換が哀しくもあり、そして愛おしくもある。
それを雄弁に語る、翳りを秘めた忍の視線が切なく、右目は身を屈めてその薄い瞼に口付けを落とす。
閉じた瞼を彩る長い睫毛が柔らかい唇の皮膚に触れてむず痒かった。










主命とあらば命を賭してでもそれを遂行しなくてはならない運命の二人は。
何時消えるとも知れぬ互いの温度を繋ぎ止める術など知らなかった。
ただ貪る様に互いの熱を分け合い、ただ一時の激情と言う名の刹那に身を任せる事でしか互いの生を確かめる事もできない。
それを諦めこそすれ、己の運命を、無視できぬ真実を恨む事は無かった。
恨んでしまえば最後、互いにこの関係を棄てるしか無い事を知っていたから。
身に摘まされる切なさですら愛おしいなどと、誰が言葉にできようものか。確たる言葉と感情でもって繋ぎ止めていて欲しいなどと。
それを口にできる程忍は愛情に貪欲ではなかったし、右目は分別が無い訳でもなかった。
着き過ぎず、離れ過ぎず。
大切な者は互いではなく主であると、そう自分に言い聞かせるように保ったこの一抹の寂寥を孕んだ距離が丁度いいのだと。
割り切る事でしか人を愛する事もできない。





「明ける前に、帰るよ。」



その存外幼い造作の顔に張り付ける事に慣れすぎたくたびれた笑顔で忍が言えば、そうか、と右目が素っ気なく答える。
絡んだ視線はどちらとも無く解かれ、行き場を失って障子と畳の目を見詰めるだけとなる。
帰り支度をしなくては、そう思う忍は、しかしその指先を自ら振りほどく事ができずにいた。
闇雲に探すには温度の低い愛情は決して偽りではないのにすぐにでも消えてしまいそうなほどに頼りなく。
せめて別れ際に『行くな』とその逞しい腕に掻き抱いてくれたならば、と。せめて『帰りたくない』と涙の一つでも流してくれたならば、と密やかに願う心だけが迫る別れの時にぎしりと軋む。
然りとてそれを互いに口にするでもなく、ただ惜しまない素振りで別れる二人のなんと強情な事か。





ただ戯れに弄ぶ指先だけが惹き合う磁石のように互いの切ない愛情を伝えるのだった。


End

一番に成れぬ痛みと一番だと伝える事のできぬ苦悩だけが澱のように沈殿する。

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