四月の追悼
暗殺の任を終え、帰路に着く。
胸に巣食うもどかしいような焦れた感覚が気持ち悪く、雑木林を駆けながら忍は舌打ちした。
其れも此れも奥州の独眼竜が右目のせいだと一人ごちる。
この任の前に、主に頼まれて独眼竜へと文を届けに奥州へ寄った際に右目に引き止められ、夜伽を供にした。
今回が始めてと言うわけではなく、二人の間に何か関係があるかと問われればその答えは否である。
手の届く枕元には独眼竜への忠誠を刻んだ黒龍と、若虎の為だけに奮われる大きな手裏剣を置いたまま。
言葉もなくただ昂った熱量を消費するだけのその行為に意味などない。
ただ、体の相性が良く、後腐れもないというお互いの利害関係が一致しただけのその相手に。
何故こんなにも心が波紋を描くのか。





果てる直前、反らした首筋にぽつりと残された所有の朱印と、まっさらな敷布に沈む忍の頭を慈しむように撫でて行った指先の意味が分からずにいた。
あの残忍なまでに正しく、儀礼的なまでに優しいあの男のことであるから深い意味などないのかもしれない。
愛情や優しさなど微塵も求めない己への哀れみが理由なのかもしれない。
けれど、幾度も体を重ねた中で、そんなことをされたのは今回が始めてで、忍はその理由をはかりかねていた。
(意味などないなら其れでいい。哀れみならば哀れまれる道理もない。)
何度目か判らない舌打ちが空を切る音に混ざる。
不愉快だ。





然りとて、男のあの行為自体が不愉快なわけではない。
首筋に所有の印を飼うのは忍びに細やかな優越を覚えさせたし、頭を撫でて行った無骨な指先は心地よかったとさえ思う。
ただ、名も持たぬ関係のあの男の行動に心を乱す己が不愉快であった。
真意を知りたいという好奇心はあれど、それを白日の下に晒す勇気は更々ない。
(そして態々その為だけに奥州を迂回して帰るつもりも無い。)
元々が面倒見のいい性質であるが故に幸村やかすがに世話を焼く忍である。
右目にも何かあったのかもしれないなと考え、それにしても意味がわからないと打ち消すことを繰り返す。
その意味を恋慕の情かもしれないと考え至るには忍はその類いの情から遠ざかりすぎていたし、素直でもなかった。
また、そうして思い悩む自分の心が少なからず右目に意識を傾けてしまっていることに気付けるほど己の心に敏感でもなかった。





あの行為の意味を考えれば考えるほど、不慣れにさざめく己の心が居心地悪く感じてしまうものの、髪を交ぜたあの手の温度と、珍しく背を見送ったあの視線は決して悪くなかったなと思考の片隅に考えるのであった。



End

あの二人はこういう曖昧な始まりであってほしいです、超個人的に。

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