七月の群青
独眼竜と、その右目が死んだ。





戦場ではなく、青葉城の天守の畳の上で。
侍女が見つけたときには暗殺者の姿はなく、右目が竜を庇うように折り重なって血の海に倒れていた。
その知らせは戦国を駆け、各地の武将を震撼させた。
戦国の覇者候補として名を轟かせた独眼竜の突然の訃報である。
そして、彼らを暗殺した人物は未だにわからない。
首を取るわけでもなく、犯人はただ二人を殺して行っただけなのだ。
次は自分か、と思う輩も決して少なくはなかった。


そんな波乱の中、独眼竜と右目の葬儀がしめやかに営まれた。
同盟国であった甲斐武田軍も大将信玄を初めとして多くの将がその葬儀に参列した。
澄み渡る青空の下、いつもの真っ赤な戦装束ではなく、黒の紋付に身を包んだ真田幸村の姿もあった。
葬列の中程を俯きながら歩いている。
死顔を見たときに泣き崩れなかったのはまだ彼らの死を幸村自身受け入れることができなかったからか、と護衛の為に木陰から幸村を見ていた忍は思った。
その葬列に参加するものは皆一様に憔悴した表情を浮かべ、現実から目を背けるように足下を見ている。
純粋に二人の死を悼む者、これからの奥州を憂う者、その理由は皆それぞれにあるだろうが、忍はそれでいいと思った。



墓地に着き、二人の入った棺桶がゆっくりと土に隠れて行く。
幸村は隠れて行く政宗の棺桶の上に首に下げていた六文銭を投げた。
込み上げる涙を飲み込もうとするが、それは叶わぬ努力となった。
がくりとその場に頽れた体を近くで見ていた信玄が抱きとめる。
困ったように笑った信玄がぐしゃりと栗梅の髪を撫でると、幸村は信玄にしがみついて声を上げて泣いた。





そんな二人に、伊達軍の勇将、伊達成実が近づく。
それに気付いた忍は体を強張らせ、いつでも攻撃できる態勢をとるがそれは杞憂に終わった。





「真田殿、」
「しげ、さね…殿…」
「これを、お渡ししたく」


そう言って成実は政宗の眼帯を差し出した。
それを受け取っていいものかと躊躇う幸村の手に、成実は半ば押し付けるようにそれを握らせた。
刀の鍔を模した精緻な装飾が鈍く太陽の光を反射する。


「梵の、遺言なので。」
「……」
「自分がもし、死ぬことがあったらこれを、真田殿にお渡しするようにと。」
「政宗殿…、なぜ、」





いつか戦う日が来ることを。
どちらかが先に死を迎えることを、政宗は知っていた。
それは幸村も同じであったが、政宗は奥州国主という立場上、幸村よりも強くそれを感じていたというだけで。
決してこう成ることを望んだわけではなかった。










幸村は成実から受け取ったそれを胸に抱いて先よりも強く哭いた。
愛するものの命を奪って行ったものを憎む気持ちよりも、遺された独りで過ごす時間を思って哭いた。

空を見上げれば、政宗を思わせる群青が遥か遠くまで広がり、大丈夫だといつもの声が聞こえるようだった。
その幻想を追いかけるように空に高く手を伸ばす。
その手を取る体温はもうどこを探しても見つからない。
残酷すぎる現実だけが幸村を包む。





高い夏の空を一羽の鷹が切り裂くように飛んだ。




End

どうして連れて行ってくれなかったのと呟く声は風にまぎれて消えた。

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