- 何を、と言い掛けた唇は露出の少ない白慈の肌に一際濃く色付く薄いそれによって閉じられた。
全て奪うようなその深い口付けに、思考まで根こそぎ持っていかれる様な感覚を覚えて恐怖に背が震えた。
目の前の細い躰を突き飛ばせばその口付けはあっけなく終わり、開けた視界で不様に尻餅をついた忍がへらりと笑うのが目に入った。
(背を駆けたのは恐怖ではなくて強すぎる快感だったのかもしれない。)
「どういうつもりだ。」
低い声で問えば忍はきょとんと男を見上げた。
男の瞳に宿る嫌悪と侮蔑の色を認めて忍は楽しそうに眼を細めて立ち上がる。
「さっき言ったでしょうが。俺様、戦帰りなんだって。」
だからちょっとそう言う気分なの。
そう告げる口調はいつもの掴み所のない軽口めいたそれだが、纏う空気は先まで戦場で纏っていたであろう殺気と媚びる艶の入り乱れた強い色香を含んでいる。
忍の言葉の意味を悟った男は不機嫌を顕に舌打ちした。
そんな男の様ですら忍は弧を描く目で楽しそうに眺めている
。
「俺には衆道の趣味はねぇ。他当たれ。」
「あれ?そうなの?残念。」
忍を睨み付けながら言えば、然程残念がっているようには聞こえない声が言う。
板の間に座り込んだままだった忍は跳ね起きるように立ち上がり、開いてしまった男との距離を詰めるように足を踏み出し、先よりも一層色を増した顔で笑う。
「まあでも、それで俺様と致しちゃったら離れられなくなるだろうから、アンタの判断は正しいかもね。」
ふ、と息だけで笑った忍は遊廓の花魁でさえも息を呑むような濃厚な色香を絡ませた自信有りげな視線を男に向けた。
闇夜の中で唇を舐める赤い舌と欲望にぎらつく色素の薄い瞳だけが異様なほどの存在感を放っている。
一瞬息を呑んだ男はじり、と寄ってくる忍との間合いを保とうと後退った。
闇に溶ける手甲に覆われた細い腕が不意に伸びて男の着物の袷を引き寄せる。
細い腕は思いの外力強く袷を引き、ふらついた男の隙を見逃さずに温度の低い唇が、男のそれを掠めてゆく。
襖の前で逃げ場を失った男に媚びるようしなだれかかる忍の瞳に縋るような懇願の色を見つけて男は息を呑んだ。
「おねがい、抱いて。」
見上げる瞳は確かに先までと同じ余裕綽々の憎たらしいそれだが、袂をきつく握る指先や僅かに開いた唇には焦りのような懇願が浮かんでいる。
例え同盟国とは言え、いつ敵となるかわからない軍の将の腹心である忍に無防備な姿など見せられるかと勘ぐっていた脳が僅かに弛緩する。
「ねぇ、… もう、」
「おかしなことしやがったら叩っ斬るからな」
自分でもどうかしているんじゃないかと男は思った。
しかし、目の前の忍の焦りは何なのかを知りたいと、
いつも本心の欠片すら読み取ることのできないこの忍の強固な仮面を剥ぎ取ってすべてを白日の元に晒し、全てを暴いてやりたいという狂暴な衝動に駆られているのも事実だった。
それを認識するより早く男の指先は背に触れる襖を開き、忍の細い腰を抱いて部屋へと引き込んでいた。
畳に何処かをぶつけたのか、忍の細い眉が歪むのを何とも言えない気持ちで見る。
中途半端に開いたままの襖の隙間から頼りない月明かりが二人の背徳を朧に照らす。
鉢金と手甲を外し、血の匂いが染み付いた忍装束を剥ぎ取れば、先までの強気な色を失った忍の目が怯えた色を滲ませながら男を見上げた。
その怯えすら作り物なのだろうと思った男は腹の奥に凶暴な破壊衝動が溜まるのを感じた。
前髪を捕まれて退け反った首筋に歯を立てればひくりと筋の浮いた白い喉が跳ねる。
男は興奮に頭をもたげる忍の雄に手を掛け、優しさなど微塵も感じられない手つきで根元からそれを扱き上げた。
焦れていた忍の躰は突然与えられた強すぎる快感に大きく跳ねる。
絡ませ合った視線には愛や優しさや情などなく、ただ喰い殺されそうなほどの殺気だけが蒼く深く滲んだ。
「今日だけだ。体は貸してやるからテメェで勝手にやってさっさと消えろ。」
「っは、…随分な、言い方、だね…、」
忍はそう言うと畳に両肘を付いて上半身を起こし、挑むように男を見た。
ゆるく弧を描く唇を舌で潤し、男の下から抜け出した忍は白く細い己の指を舐める。
はあ、と湿った吐息とくちゃりと粘度を持った音が静かすぎる畳に落ちる。
忍を見つめる冷めた目が一層部屋の温度を下げて、忍の躰だけが腰にわだかまっていた熱を拡げて熱くなる。
ぬらりと月の光を反射する指を口から引き抜き、忍は穏やかな色香を滲ませた笑顔を男に向けて、滑らかな脚を羞かしげもなく開き、少しずつ体内へと指を沈めていく。
赤黒く勃ち上がった雄と指を呑み込みながら震える秘部が男に倒錯的な欲情を覚えさせた。
息を詰め、睫毛を震わせながら微かな嬌声を噛み殺す様は良く躾けられた遊女の様でもあり、初めてのことに戸惑い恥じらう生娘の様でもあった。
ぐちゃぐちゃと卑猥な水音が厭に響き、男の情欲を掻き立てる。
それを察した忍は右手は己の体内を弄りながら、左手で器用に男の帯を解き、下帯に手を掛ける。
全て脱がせたところで指を引き抜き、男の逞しい胸筋と引き締まった脇腹をなぞり、緩く主張を始めた男の雄を口に含んだ。
さすが男同士と言うべきか、忍の舌は的確に男を責め立てた。
男は月明かりに浮かぶ鮮やかな橙色の髪を掴み、下半身から引き剥がす。
男の武士としての衿持が現状を許さなかった。
顔を上げた忍の口元は男の体液と涎で汚れ、先まで強気な色を宿していた瞳はどこか遠くをぼんやりと見ている。
頭を掴まれたまま惚けたように動く気配のない忍を畳に押し付け、男は一息に忍の体内へと押し入った。
い、あ、と小さな声で哭く忍を無視して好き放題に体内を蹂躙する。
別段忍を抱きたいと思ったわけではなかった。
ただ、なんとなくそうしてやらなくてはならないような気がしただけだった。
忍は相変わらず像を結ばない瞳で天井を見上げたままされるがままに抱かれている。
「ッ、…出すぞ」
「ぁ、…… 中に、っ…」
短く限界を告げればはっとしたように忍の瞳が男を映し、縋るように背中に力の入らない腕が回される。
言われた通り最奥に欲を叩きつければ細い腰が震えて男の腹を忍の欲が濡らした。
酷く冷たいそれに背を震わせて不快感から離そうとした躰を忍が抱き締める。
「おい…」
「もう少し、このまま…おねが、」
覗き込んだ睫毛が震えていた。
泣いてるのか、と問えばぱさりと髪が畳を打ち、否定を示した。
「アンタは、いきてるから。」
(アンタなら殺してくれるかな、なんて。)
ぽつりとそう零したきり、忍は一言も発さずに身仕度を整え、明け切らない空へと溶けた。
男の心に後悔とも心配とも慕情ともつかない深い爪痕を残して。
END
18禁まで悲しいとかもう病気だと思いました。