大手裏剣を操る細い鉄線をくい、と手首の返しで引くと骨を断つ鈍い感触が掌に伝わる。
こと切れた骸に一瞥を遣る事もしないで襲い掛かってくる新たな敵の首元を手元に戻って来た手裏剣で捌く。
噴き上がった血飛沫が頬に飛ぶ。流れ落ちる血の感触だ。その感触に酷く興奮した。
眼前に広がる戦場のあちこちで煙が昇り、人肉の焼ける匂いと絶え間なく流れる鉄錆に似た血の匂いがない混ぜになって肺の臓を満たしてゆく。
目前に立ち塞がる数多の敵に向けて手裏剣を奔らせると忍は目を閉じた。
鋭くなった聴覚や、強くなった数多の気配が足元に巣喰う闇の色を濃くするのを感じて忍は口角を上げた。
闇に映える陶磁の白肌に飛んだ血飛沫と同じ色の唇が艶やかに歪む。意図せずとも色を纏うのは、幼い頃から執拗に施された房事の教育の賜物か。
屍臭の立ち込める戦場には不釣合な女郎のそれにも似た笑みはすぐに消えた。
戦は良い。特に夜闇に乗じて仕掛ける夜の戦が。己が髪の色にも似た昏い紅の月が出ていれば尚のこと昂ぶりを覚える。
張り詰めた空気の中で相手の気配を探り、己の存在を偽って欺き、気を抜けばいつ肉塊に姿を変えるかも分からない緊張感が支配する。
そんな戦場では何も考えなくて済む。
人で居る必要のないその空間が酷く愛おしい。所詮自分は人であって人ならざる者。道具であって道具ならざる者。
その曖昧な境界の上に立ち竦むしか術を持たない忍としての自己の存在意義を外へ向かって誇張することが許される唯一の場所。陽の元に在る事など能わぬと思い知らされる様で安堵さえ感じるのだから、自分は随分と被虐的な嗜好を持ち合わせているようだと嘲笑を零す。
数多の命を絶ち、その魂を黄泉へと送る。
それが永久の闇に棲む者が集う忍の里に生まれた己の生きる唯一の術だと自覚し、そうして生きてきたではないか。
今更己を呑まんとする闇が恐ろしいなどと言う下らない思考に苛まれるのは、明るい深紅の焔で全てを焼き尽くさんとする己が主に当てられたかと自嘲気味に嗤う。
この闇から這い出す術など知らない。
この闇の外で生きる術など持たない。
けれど、浅ましくも自分には些か眩しすぎるあの笑顔を羨んでしまう。
忍として冷酷かつ孤独に闇で生き、忍として主の為に人知れず命を散らす覚悟など、意識したこともない内に勝手に出来上がっているというのに。
どうしてこんなにも人に焦がれてしまうのか。
主は「お前は人だ、道具ではない」と言う。部屋を与え、己の中に自分が生きる場所を作った。
それを嬉しいと思う自分がいる。許されたのだと安堵する自分がいる。
汚泥の沼のように足首に絡み付いて離れない闇の中で、自分と同じ顔が嗤う。お前の居場所はそこじゃない、と。望んでも触れられない見えない仕切りの向こう側だと。
手にした手裏剣が敵の首を狩る。骨を断つ音が手裏剣を操る手首に響いた。
誰か、俺を絡め獲るこの永久の闇に
頼りない一筋の蜘蛛の糸を垂らしてはくれぬだろうか。
そこまで考えて忍は、その思考を振り払うように眼前の敵を薙払った。
そんなこと、ありはしない。
未来永劫、己は忍として生まれた業に身を焦がし続けるのだ。
それでいい。
End
これぞ正しくやおいかと