壊れないものなどないんだと、忍は堆く積み上がった肉塊を見て呟いた。
いずれ己もこの肉塊の一つになる日がくる。
そう思ってその内の一つの開いた儘になっていた目蓋を閉じた。
己に必ず土に還る日が来るように、彼にその日が来ただけなのだ、と。
目の前に広がる屍の荒野の向こう、三日月を背負った蒼い背中が項垂れている。
その隣に寄り添う主の背中もいつもより丸い。
あの足元にも肉塊が転がっているのだ。
かつて奥州の独眼竜の右目と呼ばれた男だったものが。
忍の悲しみの扉はもう二度と開かれることはない。
胸を突き破るような鼓動の高鳴りも、広い空の様な愛情さえも、どこか嘘のようで。
かつて抱かれた腕の中で嗅いだ香油の薫りさえも偽りのようだ、と忍は遠くで思った。
立ちすくむ二つの背中も、それを見ている自分も、目の前の骸の山も、全てが幻の様に遠い。
火薬の匂いをのせた乾いた風が忍の髪を撫でる。
唐突に夢から醒めた心地だった。
いつだったか、右目は己を花のようだと言った。
手を掛け、愛情を注ぎ、丁寧に育てれば裏切らずに花を咲かせ、自分に忘れられない種を残していく、と。
けれど忍は、所詮自分は徒花だと思っていた。
子も為せず、目に見えるものは何一つ右目の為に残してやれない徒花だと。
しかしそれは、少し違ったな、と忍は感情の籠もらない笑顔で自嘲した。
自分は毒花であった。
美しく咲き誇り、他の花を、生物を死に追いやる毒花だと。
右目が己を庇って死んだことを二人の主は知らない。
忍は目蓋を上げた。
主達の背中も、屍の荒野も消えていた。
目に入るのは薄明るい障子と、濃い影を落とす畳。立てた己の膝。
夢か、と呟いて目に掛かる前髪を掻き上げた。
随分と懐かしい夢を見たものだ、と自嘲の笑みを浮かべるが、傍から見ればただ笑っただけであった。
あれは自分が毒花となり、人であることを完全に辞めた日。
大丈夫、俺様はまだ死なない。
大丈夫、俺様は幾枚もの仮面を持っている。
大丈夫、限り無い空は今日も蒼い。
あの日、忍は哭かないと決めた。
如何に悲しくとも、如何に苦しくとも哭かないと。
あの日、忍は惑わないと決めた。
殺すことを、毒花であることを躊躇わないと。
あの日、愛するものを犠牲にして膝を付いた地から立ち上がったのだから。
ただ強く進まなくてはならないのだ。
俺様は忍。
愛情も、慕情も、優しさも苦しさも、躊躇いも必要ない。
人の心なんてあの日、あの人と一緒に埋葬した。
人だった俺はあの人に全て捧げた。
あの人が居なくなった今、必要のないものになってしまったのだから。
今日も俺様は人を殺す。
それで痛む心は、もう、亡い。
この顔に張り付けた無表情の仮面は、二度と、剥がれない。
畳の上に広げた暗器を見つめる忍の目は闇よりも昏く。
貴方はあの日、生きろと言って死んでいった。
俺はただ、泣かないから、躊躇わないから、心を捨てて忍でいるから、だから、貴方だけは奪わないでと祈ったんだ。
信じてなんていないけど、神様がいるのなら、
二度と泣かず、惑わず、心を捨てて、忍に徹するから
どうか、記憶の中のあの人まで奪わないでください。
俺に、あの人を二度も殺させないで。
End
人は二度死ぬという。一度は肉体が滅び、二度目は記憶から葬られる。