親 愛 な る 君 に 告 ぐ 。

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ひさしぶりの休日だった。暫く空けたせいで埃っぽくなってしまった部屋を掃除して、溜まった洗濯物をベランダに干し、なかなか出来なかった銃の手入れをする。ある意味では充実した休日だった。
夕食用にひき肉をたっぷり入れたミートソースを作り終わったところで、リボーンは時計を振り返った。短い針がそろそろ9を指そうとしている。
ボンゴレの渉外活動で飛び回っていたリボーンの護衛兼秘書で連れまわされていたランボは、久し振りの休みである今日はボヴィーノのボスに呼ばれて出て行ってしまった。
ただ顔を見せてくるだけだからすぐに戻るよ、と寝起きでぼんやりとしたままシーツにくるまっていたリボーンの額にキスをして、昼過ぎに出掛けて行ったきり連絡はない。
ここしばらくはずっとボンゴレの任務で拘束されていたのだ、ボヴィーノのボスにかわいがられているランボがこの時間まで帰らないのも無理はない。
わかってはいても、任務とはいえずっと一緒に過ごしていたせいか、どうも落ち着かない。
(この時間だ、夕飯はボヴィーノの連中と済ませてくるのかもしれない)
(そう考えたら、このミートソースはどう見ても作り過ぎだ)
(どうしよう)
キッチンのガスレンジの前で腕を組んで、残ってしまいそうなミートソースの処分を考えていたところで、玄関のカギが開く音がした。
(実際は、捨てなくてはいけないかもしれないミートソースが、取り残された自分のようで不愉快なせつなさにとらわれていただけだ)
音は聞こえたが、あえて出迎えたり振り返ったりはせずにそのままの格好でフライパンを見つめているフリをした。

「ただいま。」

玄関へ通じるドアが開き、相変わらず趣味の悪い牛柄のシャツをはだけたランボが入ってくる。
リボーンは聞こえていないふりをした。

「……リボーン?」

だまされたランボは訝しげにリボーンの名前を呼び、突っ立っているリボーンの背中に近づいた。

「浮かない顔してどうしたの?アモーレ。」
「黙れ、変態が。どこ触ってやがる。」

できるだけ安堵は顔に出さないようにいつも通りの冷静さを装って後ろから太ももを撫でるランボの右手の甲をつねった。
背中にぴたりと寄り添うように立って、ランボより少し低い位置にあるリボーンの肩に顎を乗せたランボは、かすかなアルコールの匂いとともに上機嫌な声でつれないんだから、と笑った。
首元に触れる艶やかなくせ毛の感触がくすぐったくてランボから離れようと試みるが、腰にまわされた腕が邪魔で動けない。
(別に、このままでいたいと思っているわけではない、と、思、う。)

「リボーン、ご飯まだだったの?」
「……いまからだ。」
「…このミートソース、多くない?」
「うるせえ、ぶち抜くぞ。」

肩越しにフライパンの中身を覗き込んだランボがきょとんとした顔でリボーンの横顔を見つめる。
聞かれたくないことを聞かれて、リボーンはホルスターに収まっている愛銃に手をかけようとしたが、それはランボの白くて長い指に阻まれてしまう。
ちゅ、と首筋に音を立てて口づけてくるランボの口元がだらしなく笑みの形にかたどられていることなどお見通しだ。
その唇が、さも嬉しそうな声で「待っててくれたの?」なんて聞いてくるものだから、リボーンは「量を間違えたんだ」と答えるのが精いっぱいだった。

「じゃあ、一緒に食べよっか。」
「お前はボヴィーノでたらふくうまいもん食ってきたんだろ?」
「いや、ボスと幹部で少し飲んだだけだよ。飯は食ってない。」

だから、ね?とランボはリボーンの腰にまわした腕に力を入れて、密着している体をさらに抱き寄せた。
リボーンは仕方ないとでも言いたげにため息をついて、冷め始めたミートソースを温めようと手を伸ばした。
背中に張り付いたままのランボをどけて、パスタをゆでる準備をさせる。
ミートソースはほとんどできてしまっていたからリボーンがここにいなくてはならない理由は特にない。しかし、パスタをゆで始めた途端にまたランボが背中にくっついてきたせいで、リビングに戻れずにいた。
仕方なく、微かに湯気を立てるフライパンの前にランボを背負うようにして突っ立っている。

「ねー、リボーン。それ味見した?」
「したよ。」
「ちぇ、俺が味見しようと思ったのに。」
「勝手にすりゃいいだろ。」
「あーんってしてよ。」

なんで俺が、と呟いたリボーンの右手を掴んで、ランボは目を閉じて口をあけた。
リボーンは小さく溜め息をついてからランボの手をほどいて、持っていたスプーンを置いてランボの腕からすり抜けた。
名残惜しげに声を上げたランボを置いて、リボーンはリビングへと足を向ける。
典型的イタリア男のコイツに付き合っていてはパスタを食べる前に、キッチンで食べられてしまいかねない。リボーンは腹が減っているのだ。

「じゃ、あとはよろしく。飲むなら冷蔵庫にワインが入ってるぞ。」
「しかたないなぁ。すぐ行くから待ってて。」

やれやれとでも言いたげに肩を竦めたランボは、ゆであがったパスタを皿に取り分けて冷蔵庫からよく冷えたワインを取り出した。何本か冷やされているものの中から適当な赤を一本選んでラベルを確かめる。ランボには買った覚えのないワインだったが、リボーンが選んだものならそこそこのものだろう。
さっきまでアジトで飲んでいたワインも確かにいいものではあったけれど、リボーンとってのが大事だよな、とランボは鼻歌を歌いながら考えた。
(リボーンにバレればフン、と鼻で笑われて終わりだろうけれど。)
パスタを盛った二枚の皿とワイングラスに、ワインボトルを抱えて、リボーンの待つリビングへと向かう。
ソファに浅く座ったリボーンはぼんやりと煙草をふかしていたが、両手に皿を抱えたランボに気付くと、机の上の灰皿と雑誌をどけてランボから皿を受け取る。リボーンがつめた二人がけのソファにランボも座り、ワインを開けて少し遅い食事が始まる。
醒めかけたアルコールがワインによってまた効いてきたのか、ランボはいつも以上に饒舌に今日の出来事を語る。いつもは鬱陶しがるリボーンもそんな素振りは見せずに、時々パスタやワインを口に運びながら聞いている。
(ボヴィーノの話をするランボは、いつもとは違う無邪気な笑顔で話をするから、リボーンはなんだか置いて行かれたような気分に陥る。)
(けれど、それを顔に出したりしてランボに気付かれるのは不愉快なので、顔に出したりはしなかった。)
(ポーカーフェイスが得意でよかったと心底思うのだ。)

「あ、そうだ」
「ん?」
「コレ、あげる」
「……何だそれ?」

皿の上のパスタもほとんどが二人の胃の中に収まったころ、ランボが突然ジャケットの胸ポケットから箱を取り出した。高級ブランドのロゴが入った、見覚えのあるオレンジ色の箱。とある高級なブランド店の紋章がはっきりと刻印されている。リボンなどは一切かかっていないあたり、買ってきたものではないのかもしれない。リボーンは少しだけ嫌な顔をした。
開けてみてよ、とワインで少し上気した頬でランボは言う。リボーンは言われなくても、と思いながら箱を開けた。
箱の中にはきらきらと光る腕時計が収まっていた。

「どうしたんだ、こんなもの。」
「ん?今日、ボスにもらったんだよ。」
「オメーが着ければいいだろ。」
「俺、着けてるよ。」

ホラ、とランボは自分の左腕に光る同じデザインの時計をリボーンに見せた。
ボスからもらった時計が気に入って、時計の電池が切れたとぼやいていたリボーンのために同じものを帰り道で買ってきたのだという。
昔からなんでもない日に花だとかワインだとかを買っては、それを理由にリボーンの家に遊びに来ていたランボだったが、なんでもない日にこんな高級な時計を、しかも帰り道で思いついたから、という理由で買えるほどになったのか、と考えてリボーンは少し口元が緩んだ。
(俺の教育が少しは効いたかな)
(なかなか洒落たことができるようになったじゃねーか)
着けてみてよ、と子供のように急かすランボに、時計と左腕を差し出す。
ランボはすでににやけた顔を更に崩して、時計を受け取ると、男にしては些か細いリボーンの手首に時計を巻いてやった。きら、と室内の暗い照明を反射した時計を満足げに眺めるリボーンに軽く口付けて、ランボは気に入った?と聞く。
口付けを受けながら、リボーンは悪くねえ、と呟いて笑った。

「ねえ、また俺たちのおそろいが増えたね。」
「そうだな。」
「おそろいが増えるってこんな年になっても嬉しいよね。」
「そうか?」
「…それだけ俺がリボーンを愛してるってことだよ。」

フン、と満足げに鼻を鳴らしたリボーンをソファに押し倒しながら、ランボは昔のことを思い出す。
ずっと殺してやりたいと思ってた。ずっと、リボーンを殺すのは自分だと思っていた。徐々に追いついていく自分がいて、いつの間にかリボーンの隣に立っているような気さえしていた。
でも、実際はリボーンが待っていてくれているんだということに気付いたのは最近のことだ。
気付いていないふりをして、いつまでも追い付けないふりをし続けているのは、リボーンを失いたくないからだと言ったら、リボーンはどんな顔をするだろうか。
そんなことを酔った頭で考えながらランボはガラス細工を触るように丁寧にリボーンに愛撫を施していく。目の前のリボーンは昔と変わらず、唇を噛んで上がりそうになる嬌声を噛み殺している。ふと緩めた愛撫に、リボーンがうっすらと目を開けて、困ったように眉を下げた。
その表情があまりにも切なそうだったから、ランボは愛撫をやめてリボーンを抱きしめた。
オイ、と胸板のあたりでリボーンが声を上げたが、ランボはその腕を解かない。

「リボーン、愛してるよ。」
「……あぁ。」
「…どこにも行かないで。」
「……俺を殺すのは、お前なんだろ?」

リボーンは読心術でも使えるのかもしれない。余裕たっぷりに色を乗せたつややかな唇で笑うリボーンを見たランボは思った。
あかい唇がランボのそれに重なる。ミートソースの味がした。
否定も肯定もしないランボの首筋にワイシャツを肘まで捲った華奢な腕が絡まる。

「外さねーようにしっかり狙え。」
「へ?」
「テメーはすぐ的を外すからな。」
「…リボーン。」
「テメーに、殺されてやるって言ってんだ。」

するりと解いた腕でランボの右手を掴んだリボーンはその手を薄い胸にあて、真っすぐにランボを見上げて行った。へら、と苦笑したランボを見てリボーンも鼻で笑った。

「さっさと殺してくれよ、ダーリン。」
「…俺の方が先に心臓止まりそうだよ。」

肩を竦めてみせたランボの指先がリボーンを愛撫する。
二人は朝まで殺し合うように互いを貪った。

end

愛はいらない、命をちょうだい。



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