任務続きで疲れていたせいか、目覚めるとスーツのジャケットを脱いだだけの恰好で、リビングのソファで眠ってしまっていた。
しつこく鳴らされるインターフォンに浅い眠りを妨げられたリボーンは、目は閉じたまま忌ま忌まし気に舌打ちをした。
狭いソファの上で器用に寝返りを打ち、枕代わりにしていたクッションに鼻先を埋める。
それでもドアの向こうでインターフォンを鳴らしつづける相手は、リボーンの寝汚さに負けない諦めの悪さを持っているらしく、立ち去ろうとする気配はない。
(リボーンは眠っていたから気付いていないが、リボーンが目覚める暫く前からインターフォンは鳴り続けているのだ)
一度妨げられた眠りをもう一度手繰り寄せるには、耳障りなこの音を無視するか、止めるための努力をするかの二択だ。
しかし、無視しようにもインターフォンは途切れることなく鳴らされる。
いい加減に苛立ちの限界に到達したリボーンは眉間に深くしわを刻んだまま目を開いた。
派手に舌打ちをして立ち上がると、全ての元凶である人物がいるはずの玄関へと向かった。
玄関へ向かいながら、扉の向こうにいる人物を想像する。
第一、この部屋を知っている人間は、ボンゴレの幹部の中でも限られた人間だけのはずだ。
その中の誰かか、何かを運んできた宅配便のドライバーか。
宅配便のドライバーにしてはあきらめが悪すぎるので、やはり、ボンゴレの幹部の誰かだろう。
綱吉や獄寺は不躾な訪問の仕方をすればリボーンの機嫌を損ねるのは解かっているので、こんな訪ね方はしない。
山本か了平ならやりかねないが、生憎、彼らは揃って任務で日本へと赴いているはずなので、ここにはいない。
雲雀がわざわざ訪ねてくることなどないだろう。
と、なると思い当たるのはただ一人。
ドアスコープの先に居た人物と、頭の中で思い描いた人物像が合致して、リボーンが盛大なため息をついたところで、最後のインターフォンが鳴らされた。
がちゃんと大仰な音を立てて鍵を開けたリボーンがドアを開ける前に、それは外から開いた。
「……何の用だ。」
「恋人の家を訪ねるのに理由を求めるなんてナンセンスだよ、リボーン。」
「そんなに鳴らさなくても聞こえる。第一、オメーは合鍵持ってるだろうが。」
「たまには恋人に可愛らしく出迎えて貰いたいと思っただけだよ。」
なのになかなか開けてくれないからムキになっちゃた。と、悪びれる様子もなくランボは薄く開かれたドアの間をすり抜けて、リボーンの部屋に侵入した。
言い返すのも面倒くさくなったリボーンはコーヒーでも飲んで気分を落ち着けようとランボの背を追ってキッチンに向かう。
キッチンと続き間のリビングでジャケットを脱いでいるランボが俺カフェオレねと抜け目なく注文を寄越す。
それには応えず、無言でコーヒーを淹れるリボーンは、いつもはジャケットを脱ぎ散らかすランボが丁寧にジャケットをハンガーにかけているのを横目で確認した。
殺しの帰りか、とリボーンは深い感慨もなく思った。
(そしてこの後の読みやすい展開を想って眉尻を下げた。)
湯気を上げるエスプレッソをカップに注ぎ分けて、温めた牛乳を片方にだけ注ぐ。
勿論、砂糖はきっちりとティースプーンに3杯入れた。
両手に持ったカップを机の上においたリボーンは、ランボが座っているソファーの反対側になるべく離れるようにして座った。
ランボから目を逸らすように組んだ脚の上に頬杖をついて、寝起きで下ろしたままの長い前髪の間から、それとはわからないようにランボの様子を窺う。
ランボはいつもと同じように、机の上に置かれたカップを両手で持ち、机の上を見詰めたままカフェオレに口をつけた。
「リボーン、何してたの?」
「は?」
思わぬ問いかけに僅か瞠目したリボーンは間抜けな声を上げた。
ランボはカフェオレの入ったカップを両手で持ったまま、貼り付けたような笑顔でリボーンを見た。
「ほら、ずっと開けてくれなかったでしょ?何してたの?」
「……寝てたんだ。」
ランボの問いの真意を図ろうとしばし考え込んだリボーンはしかし、硝煙と血の匂いを纏うこの男の頭がたいして良くないことを思い出してありのままを答えた。
その暫くの沈黙を偽るための時間と取ったらしい男はエメラルド色のあどけない瞳に猜疑の色を灯してリボーンを見つめた。
「そのカッコで?」
「疲れてんだよ、俺だって」
面倒臭そうに答えたリボーンは、拒絶が怖いなら初めから来なければいいのだと至極合理的に考えながら天井を仰いで目を閉じた。
蓄積された疲労が、指先に溜まっていくようだった。
そっか、そうだよね、と呟いてランボはまたカップを口に運んだ。
冬に片足を突っ込んで日に日に下がっていく部屋の温度が、また少し下がったような気がした。
隣で精神異常者のように焦点の合わない瞳でカフェオレを飲むランボを、片目を開けて確かめたリボーンは湯気の立つ自分のマグカップに手を伸ばした。が、その手は、マグカップには届かず、冷たい殺人者の指先に囚われた。
ぐっと引き寄せられて、反射的にとった受け身の都合で、背中からランボの胸に凭れこんだ。そのせいで、先ほどまで見えていたランボの表情が視界から消えた。
ちゅ、と耳の後ろに音を立てて口付けたランボは、そのままリボーンの腰に腕をまわした。
うんざりしたリボーンはわざとらしくため息をつき、そしてランボから離れるように立ち上がろうとした。
「…今日はボヴィーノの仕事か」
「そうだよ、よくわかったね」
匂いでわかると言いかけて、これはランボを追い詰める言葉だと気付いたリボーンは言うのをやめた。
ランボの腕がリボーンの腰にまとわりついて離れない。
バツが悪くなったリボーンは締めたままになっていた黒いネクタイを指先に巻きつけた。
ランボは会話を求めていないのか、何を言うわけでもなくリボーンの肩口に鼻先を擦り付けている。
不愉快な沈黙だった。
その沈黙を先に破ったのはランボだった。
リボーンの腰にまわした腕で、器用にリボーンの向きを変えて向き合うように座らせると、ネクタイに絡まったままになっているリボーンの指ごと手を握る。
白皙の横顔はマスケラのように作りものめいた精緻さで虚空に何かを眺めている。
おおかた、何も考えてはいないのだろう。
リボーンが幾度目かのため息をつこうとしたその時、ネクタイの絡んだリボーンの指先を、ランボの指が締め上げる動きで掴んだ。
都合ネクタイが締まり、リボーンの男にしてはいくらか細い首筋に絡みつく。
「ねえ、リボーン。セックスしよう。」
ソファでネクタイもほどかずに寝こけてしまうような疲れた体でイエスと答えると思ったのかバカ牛、と言いたい気持ちは山々だったが、なにせランボの指先はギリギリと締まるネクタイをほどいてはくれない。
それに、リボーンの返答など目の前の男は求めてなどいない。
二つの理由で返事をすることを諦めたリボーンは呼吸さえも諦めて目を閉じた。
ネクタイのせいで酸欠の唇をランボのそれが横暴に塞ぎ、ネクタイから解放されたリボーンの呼吸器はそれでも窒息からは解放されなかった。
無遠慮に口の中で暴れるランボの舌から逃れるようにもがき、酸素を求めた指先でモジャモジャの黒髪をひっ掴む。
それでも唇を離さない男の腰を掴み、体ごと振り落とそうとして絡まり合ったランボの体ごとソファから転落した。
「いたい。」
リボーンとフローリングでサンドイッチになったランボは漸く唇を離して至極不満げにそう呟いた。
ゼーハーと乱れた呼吸のまま馬乗りになったランボの体の上で体を起こしたリボーンはチカチカする視界でランボの綺麗なグリーンの瞳を睨みつけた。
「今のは完全にオメーが悪い。」
「うるさい。」
「何人殺したか知らねーが、コロシぐらいでガタガタ騒ぐなよ。毎回相手する俺の身にもなれ、バカ牛。」
痛む頭を軽く振ったリボーンはソファの上に戻ると、全ての元凶のネクタイをほどき、それをランボの腹の上に落とす。
仰向けに転がったままのランボは、拗ねているのか、目の上に右腕を乗せたまま動かない。
「だいたいオメーは昔から殺し屋に向いてねーんだ。ガサツだし、うるせーし、クソガキだし。」
そう言いながらベルトを外し、それもまたランボの腹の上に落とす。
「そんなに死ぬのが怖ぇか?散々殺しといていい身分だな。いい加減諦めろ。今まで何人殺ってきたんだ?どう足掻いたって俺たちは地獄へ落ちる。地獄が嫌なら生き残るしかねーだろ。」
俺は寝るからなと宣言したリボーンはランボを残したまま寝室へ向かい、タオルケットにくるまった。
リボーンにはランボの苦しみはわからない。
殺すことに慣れ、奪うことでしか自らの存在を認められないこの心では、到底理解してやることができない。
何をしてやれるわけでもないのに、飽きもせずにあの男はリボーンを尋ねる。
病んでいる、とリボーンは思う。
どちらが、と問われるとそれはわからない。
殺すことに微塵の悪も感じない自分か、それともいつまでも罪悪感に苛まれるあの男か。
枕にため息を落とし、リボーンは目を瞑った。
息を潜め、身じろぎもせずに閉じた瞼に暗闇を見つめながら、それでもリボーンは眠れずにいた。
半端に寝たせいなのか、捨ててきたランボのせいなのかはわからなかったが、疲れた体は眠りたがっているのに、頭だけが冴えている。
しばらくそうしていたリボーンだったが、寝室の扉が開く音に目を開けると、ベッドの上で鷹揚に体を起こした。
「反省したか?」
「しないよ。」
「じゃあ帰れよ。俺は謝らねーぞ。」
「謝らなくていいよ。そんなリボーン見たくないし。」
フンと鼻で笑ったランボは常からはだけている牛柄のシャツを脱ぎ捨てて、リボーンが座っているベッドに腰掛けた。
「俺はね、リボーン。」
言いながらリボーンを抱き寄せるランボに逆らうことなく体を預けるのは罪悪感のせいではなかった。
表情の戻ったランボに些か安心しながらも、リボーンはその渋面をほどくことはしなかった。
「リボーンを失うのが怖いんだ。俺がこんなに簡単に誰かの大切なものを奪えるのに、俺の大事なものが奪われない保証はないでしょ。だから、怖い。」
「俺はそんな簡単に死なねえぞ。」
「殺されるとかじゃなくて、いなくなっちゃったら、やだなあってこと。」
ランボの長い指がクセの強いリボーンの襟足を撫でるのはそのままに、リボーンは眉間にさらにシワを寄せる。
「オメーはもう少し自分の腕と俺を信用するべきだな。」
「そんなことじゃこの不安はなくなりそうにもないよ。」
「じゃあ俺を籠にでも入れておくか?」
嘲る声で問うリボーンに、ランボは真剣な声で答える。
「籠ごといなくなるかもしれないから、リボーンを殺して剥製にでもしようかなって。いつも思うんだ。」
「俺が知ってる悪趣味の歴代ランキングでも上位だなそりゃ。」
そう答えたリボーンはランボの裸の胸に噛み付いた。
「ならさっさと殺して剥製にでもしろよ。」
閉じ込めるだけじゃ足りないほどに大切に思われて嫌な気はしない。
そしてこの男はそれを出来るとは思っていない。
「まあ、俺はふたりで溶けて混ざり合って一人になっちまう方が好みだがな。」
そう言ってランボを押し倒すリボーンの唇がランボのそれに重なって、ランボはリボーンの華奢な腰を抱いた。
「どうする?それでも剥製にしてえなら断らねえが。」
「今日のところはリボーンの案で満足するよ。」
笑ったランボの指先が劣情を伴って肌をなぞるのに満足したリボーンは唇の片側だけを上げて笑った。
「満足できなくなったら剥製にされてやる。」
END
地獄の果てまで堕ちようか。