親 愛 な る 君 に 告 ぐ 。

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スクアーロは暑さに目を開ける。
僅かに閉じ損ねたカーテンの隙間から、真昼の日差しがスクアーロの寝ている場所に落ちていた。
明るくなり出した頃、血の匂いを振りまきながら任務から帰還し、そのままの格好で食堂の冷蔵庫から小腹を満たす為のパンを物色していた。
たまたまコーヒーを淹れに来たらしいザンザスに背中を蹴り飛ばされ、後頭部を殴打された。
(一般人なら間違いなく病院送りになる)
それに文句を言う暇もなく何故かザンザスの部屋へ連れ込まれ、空腹を満たす暇もなくザンザスの性欲を満たしてやる羽目になり、気付けば今に至る。
こんなことは別段珍しいことでもないので、スクアーロはゆっくりと瞬きを繰り返しながらこの後をシミュレーションする。
まずシャワーだ。昨夜の任務帰りからシャワーを浴び損ねている体は血と精液と、僅かな火薬の匂いが酷くまとわりついていた。
そして暖かい食事。もうとにかく腹が減っている。今、目の前に差し出されるならカエルでもトカゲでもサソリでも食べられる。
(暗殺部隊であるスクアーロは極限状態でなくともそれらを食べることに抵抗はないが)
(そもそもこの男は食に対する興味が薄いのだ)
そして今日は進行中の作戦の人員の補充を決め、昨日の任務の後始末をし、次の任務へ連れて行く人員の選定をしなくてはならない。
今が何時かわからないが、社会が回り始めている時間であろうことは太陽の高さから察しがついた。
しかし、隣で眠っている男がスクアーロが目を覚ましてもなお、珍しく眠り込んでいることを思うと起き上がることは躊躇われた。
普段であればさっさと出ていけと言わんばかりにベッドから蹴り落とされ、睨みつけられるのに。
スクアーロに背を向けて眠っているザンザスが本当に眠っているのかを確かめる術はないが、シーツのずり落ちた傷跡の残る裸の背中が規則正しく上下するのを見る限りではまだ眠っているようだった。
スクアーロが今、少しでも動けばザンザスは起きるだろう。
そしてスクアーロをベッドから蹴り落とし、不機嫌を露わにした声でドカスと罵るのだろう。
蹴り落とされることも、罵られることも、スクアーロは今さらなんとも思わないが、この珍しい状況で、ザンザスを起こすのは気が引けた。


清々しい朝の光。静謐な空気。明日果てるとも知れない命。冷たい、機械の指先。
ありふれた朝。
身じろぎもせず、ベッドの上で過ごすそれは、夢のようであり、そしてスクアーロが奪い続ける現実でもある。
昨日の任務で、また数人が遺体となった。
冷たくなった体には、それでも赤い血糊が飛んでいた。
本人のものか、他人のものかはわからないが、労いの意を込めて触れたその体は細胞の一つに渡るまでスクアーロへ何も返さなかった。
あぶら粘土のようだと、スクアーロはいつも思う。
そして奪うのは敵からだけではないことを思い知る。
死人を無能と罵る冷徹は、いつになっても持てなかった。
そして隣で眠る男もまた、死者への気遣いだけは忘れなかった。
彼らは手厚くボンゴレの墓地へと葬られる。
不意に隣で眠る黒髪に触れたくなった。
ベッドから蹴り落とされてもいい。
ただ、生身の人間に触れたくなった。
ザンザスは生きていて、そしてスクアーロもまた生きているのだと、確認する為に。
できる限り気配を殺し、衣擦れの音の一つも立てずに伸ばしたはずの指先は、黒髪に触れるより先に熱い指先にとらわれる。
「カッ消すぞ、ドカス。」
「あんたがいつまでもグースカ寝てっからだぁ。」
生身の指先に感じる手しかな熱と、皮膚を押し返す圧力。
ああ、生きている。
僅かに笑ったスクアーロは体を起こした。
「シャワー借りるぜぇ。身体中ベタベタだ。いろんなもんで。」
ほどこうとした指先を引かれ、ザンザスの裸の胸に倒れこむ。
空調で冷たくなった肌に胸がざわついた。
確かにザンザスの指先は暖かいのに。
「…離せえ」
「カッ消されたくなかったらもう暫くこうしてろ。死に損ない。」
「は、…お陰さんで今日もピンピンしてらあ」
徐々に温まる肌と、僅かに聞こえる鼓動と呼吸の音が。


あの日、確かにこの男の為に死ぬと決めたのだ。
この男を護り生かす為ならば、自分の命など、惜しくもないと思ったのだ。
それなのに、時を重ねれば重ねるほど惜しくなる。
繰り返される日常が、苦しみ痛むことのできる体が、共に生き歩む時間が、命が惜しくてたまらない。
そんなことをこの男に告げれば、今すぐにでもここから叩き出されるであろうことは想像に難くないので、スクアーロはただ黙ってザンザスの胸に耳をあてている。
ザンザスも黙ってスクアーロの長すぎる銀色の髪を弄んでいる。
穏やかな朝だ。
美しく、そしていびつな朝が今日も訪れた。
そのいびつさになど永遠に気づかなくていい。
死と向かい合い、そして隣り合う彼らに、もはや正常とはなんたるかなどわかるはずもない。
今更一般的な生活を営んだところで、その味気なさに苛立つだけだろう。
朝に安堵し、命にすがりついたとしても、この哀れな痩せっぽっちの体はまた死地へと赴くのだ。
その華奢な背中を凛と伸ばして。

END

美しく儚い、それでいてしなやかなその男は命そのもの。



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